ここは某暴力団関係者の事務所、今回の事件の主犯である芹沢(せりざわ)という男が数人のヤクザ達に取り囲まれていた。

「おい芹沢…お前高校生のガキ相手にいつまで手こずってんだよ!さっさとその女取っ捕まえて風俗でも沈めて代償払わせるなり何なり考えろや!」

「はい…今捜索中なんすが…肝心の佐々木って女が使いもんにならなくて…」

「バカ野郎!言い訳なんか聞きたくねぇんだよ!」

「はい…すみません…」

「オヤジも売り上げ下がっちまってイライラしてんだからよ!あの女はいい金蔓だったのに…今回の件、さっさと片付けないとこっちにもとばっちりが来るんだからな!さっさと収拾付かなきゃテメェの身の保証はないと思え!」

「はい…」

クッソォ~、あのバカ女…ブッ殺してやりてぇ…アイツが逃げなきゃこんなに叩かれることは無かったのに…芹沢は佐々木日登美が逃亡を謀ったことによって、この暴力団の中で肩身の狭い思いを強いられる。佐々木日登美が多くの若者達を巻き込んで売り上げを上げていたのは芹沢にとって追い風だったのだが、薫との一件から徐々にその行動範囲は狭められ、売り上げがガタ落ちしたのがそもそもの発端だった。そして佐々木日登美の逃亡失敗…その逆恨みとして薫がターゲットとして上げられた。芹沢は自分の子分達に薫の行方を追わせていた。例のライブハウスでの情報収集もなかなかはかどらず芹沢はイライラしていた。当然薫の事を売る者はほとんど居ないからだ!若者達は、ほぼ一致団結して薫を擁護している。それは、矢崎透の過去の功績が大きく影響している。佐々木日登美はこの芹沢の家で監禁され、囚われの身となっている。

小山内軍団と言われる小山内の仲間達、千葉、吉田、赤坂、大田、清原、高谷等と新入生の加藤、相澤はこの報せを聞き小山内の元へ集まっていた。

「きよちゃん…どうすんだよ…流石にヤベぇだろ?」

高谷が言った。

「小山内先輩!俺はどこまでも付いて行きますよ!あんたの生き様最後まで見届ける!」

と、後輩の加藤。

「きよちゃん…俺達は苦楽を共にしてきた。お前一人死なせやしねーよ…」

千葉も言う。その仲間達の励ましを制して小山内は

「お前等の気持ちは凄く嬉しい…だけど今回の件は高校生同士の喧嘩とは異次元だ…とても将来のあるお前達を巻き込める問題じゃねーんだ!」

「だからってお前一人が行けば問題が解決するって訳でもねーだろ!」

吉田が言った。

「だから被害は最小限にしたいんだよ…数居れば何とか切り抜けられるかも知れねぇだろうが!」

赤坂が言う。

「いや…逆だな…多くなればなるほど状況は悪化すると思う…だから…」

小山内が反論する。

「うるせぇ!きよちゃん!お前一人に無駄死にはさせねえぞ!」

そこへ天斗が現れる。

「お前ら何言い争ってんだ?」

「黒崎さん!あんたからも言ってくれ!みんなで力合わせて…」

「やめろ!」

天斗がその言葉を遮った。

「お前ら…小山内の男気わかってやれよ…この件に関われば、みんなただじゃ済まない…それをわかってるからこそ巻き込みたく無いんだろうが!」

一同沈黙する。

「いいか!今回のことは忘れろ!」

天斗がそう言って小山内と一緒に消えた。

「だけどよぉ…やっぱりあの人への恩はこういう時こそ返さなきゃ…例え犬死にしたとしても…放っておけねぇよな…」

「あぁ…」

「俺は絶対小山内先輩を死なせたりしません!」

相澤信二郎が固い決意でそう言った。


その日の夜、理佳子から天斗に電話が来た。

「もしもーし、たかと君?」

「おう、理佳子…」

「たかと君…クリスマスってどういう予定?」

「あっ、そうだな…今回は理佳子ん家行こうかな…いいか?」

「うん!もちろん!たかと君…元気ないみたいだけど…大丈夫?」

「そうか?元気有り余って走ってきたところだけどな…」

たかと君…なんか隠してる…また何か頭を悩ませることがあったの?どうしていつも私の知らない所で…どうして私に心配かけるの?ちゃんと話してよ…隠し事されるとかえって辛いよ…

「たかと君…クリスマス…無理なら無理でもいいんだよ?」

「何言ってんだよ…全然問題ねーよ!」

「そう…なら良いけど…」

理佳子…何か感づいてるな…余計な心配かけたくねぇ…せめて全てが終わるまでは…

「クリスマス楽しみにしてるぜ!」

「うん…」

理佳子は電話を切った後も、天斗のいつもとは違う雰囲気にモヤモヤしてじっとしてはいられなかった。そして薫に探りを入れる。

「かおり?元気?」

「理佳!どしたの急に…何かあった?」

やっぱりかおりの様子も何か変…いったいそっちで何が起きてるの?

「かおり…教えて…今そっちで何が起きてるの?たかと君の様子も変だし…いつも私だけ外されてる気分…」

「理佳…大丈夫だよ!何も起きてないよ」

理佳…大丈夫だよ…たかとには危害は加えさせない!理佳はたかとと幸せになりな…

「そう…ならいい…」

たかと君もかおりも何も教えてくれない…どうしていつも私は一人ぼっち?私だってちゃんと知りたいよ…何も出来ないかも知れないけど…ふと見るとタカがじっと理佳子を見つめている。理佳子は何か不思議な感覚にとらわれる。タカがとても悲しそうな目で見ているような…何かを必死に訴えようとしているような…理佳子は胸騒ぎがしてならない。ねえタカ…タカも何か感じるものがあるの?たかと君達の身に何か起こってるの?教えて…お願い…

薫は佐々木日登美の件、自分が狙われてる件を耳にしてから小山内家には近づかなくなった。会えばまた情緒不安定なのがバレてしまいそうで怖いのだ。せっかく温かく迎え入れてくれた家族に今の状況はとても言えたものではない。吟子の顔を見れば覚悟が弱くなってしまう。今回の一件は中途半端な気持ちで立ち向かえるほど甘くはないと悟っている。安藤の件とは危険度が比にならない。間違いなく薫は二度と戻って来ることは出来ないとわかっている。吟子さん…もう一度抱き締めて欲しかった…その時薫の電話に着信…清…だ…

「もしもし?清どしたの?」

「母ちゃんがかおりん呼べって…」

吟子さん…ダメ…今あなたに会ったら…私の覚悟が揺らいでしまう…

「ごめん…ちょっと用事があって…」

その時小山内の携帯から吟子の声が

「かおりん?何か急用?」

「お母さん…急用ってわけじゃないんだけど…」

「だったらおいでよ!今ピザとケンタッキー買ってきたから一緒に食べようよ!清迎えに出すから!」


小山内が薫をバイクで迎えに来て小山内家の玄関のドアを開ける。リビングで吟子が椅子にかけて待っていた。薫は目を伏せてリビングに入る。

「お母さん…」

「かおり?清から聞いたよ。先ずはフライドチキンとピサ食べながら話しようか」

そう言って吟子は小皿に薫の分をとって薫の前に置いた。

「さ、食べて」

「はい…」

「かおり…状況が状況だけに悩む気持ちはわかるよ…そりゃ私だってそういう修羅場をたくさんくぐって生き抜いて来たんだ。でもね、人間一人で解決出来る問題なんてたかが知れてるよ。前にもあんたがヤバかった時、いざとなったら私が何とかしてあげるって言ったじゃないか!私がヤクザに追い回された時、必ずと言っていいほど誰かしら助け船を出してくれたもんさ!て言ってもほとんどが拳さんに助けてもらったんだけどね…あの人…どんなに自分が危険な目にあおうと仲間の為ならヤクザでも物怖じしない心の強さを持ってたんだ…みんなヤクザって聞きゃブルッちまうもんなんだけどね…あの人の口癖が、未来を担う者達の目を摘むのは大人のすることじゃ無いだろ!ってねヤクザ相手に高校生が説教たれるんだよ?おかしいだろ…ヤクザも肝の座った拳さんにだけは一目置いてたんだよ…それほどまでにあの人のオーラは偉大だったのさ…」

「お母さん…矢崎拳って人はそんなに凄い人物なんでしょうか?私にはとてもそうは思えない…」

「そうねぇ…かおりにはあの人の器は見えないかも知れないねぇ…自分の父親じゃあ…」

「え?吟子さん知ってたの?」

「やっぱり?当たっちゃった?以前皆で懐かしい写真見てた時にかおりん拳さん指差して驚いてたでしょ?あの時もしかしてって思ったんだ…」

「吟子さん…」

「かおり、私たちが拳さんに嫌ってほどお世話になった恩を今度は次の世代に恩返ししなくちゃ…それが大人の務めさ…だから何も心配要らないって!」

「ありがとう…でも…それは出来ない…」

「バカ!娘がみすみす地獄に堕ちて行くのを黙って見てる親が居ると思う?心配要らないよ!かおりがまばたきしてる間に問題は解決してるさ!」

そう言って吟子は豪快に笑った。

「かおり、この問題が終わるまではあんたは私が徹底的に見張ってるからね!外出禁止だよ!」

「お母さん…そんなぁ…」

そしてクリスマスイヴ、芹沢はついに動き出した。天斗達の通う学校の回りで薫の事を聞き回る怪しげな男達が居るという情報が、天斗と小山内の耳に入ってきた。しかし、当の薫は吟子の厳しいマークにより小山内家でおとなしくしてる他無かった。

「ついに来やがったか…重森が家から出られないってのは好都合だな!」

「あぁ、母ちゃんしっかりかおりんの事を守ってくれてる…そして母ちゃん奥の手は打ってあるとか言ってた…」

「奥の手?何のことだ?」

「さぁ、それはわからないけど…」

天斗と小山内…そして小山内の仲間達がぞろぞろと校舎を出る。そして校門を出て歩きだした時、いかにもという柄の悪い連中が声をかけてきた。

「ねぇ君達…重森薫って女の子知らないか?」

「オッサン何者?」

天斗があえて聞いた。

「ハハハ…俺達はスカウトの者だよ…その女の子探してるんだが知らないかな?」

「ほう、暴力団のスカウトか…で、重森を風俗にでも入れて稼ごうってか?」

「君、知ってるみたいだね…ちょっと一緒に来てくれるかな?」

「あぁ、俺達もあんた達探してたから丁度良かった…」

そして天斗と小山内は残りの連中に先に帰れとジェスチャーした。

天斗と小山内が車で某暴力団関係の事務所に連れていかれ、小山内軍団はなす術もなく途方に暮れていた。

「くそぉ…こんな大事な局面に俺達は何してんだよ…」

千葉が言った。

「もしきよちゃんに何かあったら…」

高谷もヤキモキしている。と、その時…どこからか爆音を鳴らして数台のバイクが近づいてくる。そしてこの小山内軍団の前で停まった。

「よお、お前らあのバカ男の仲間だろ?」

そう言ったのは薫の仲間だった。

「あの黒崎と小山内ってのは何処だ?」

「それがついさっきヤクザ達が連れてっちゃったんだよ…」

「そうか…わかった!」

そう言ってバイクを出そうとしたところへ

「ちょっと待ってくれよ!俺達も連れてってくれないか?知ってんだろ?行き先…」

小山内の仲間、吉田が言った。

「お前ら、相手わかってて言ってるよな?ただの喧嘩なんて次元じゃないって…」

「だからこそ俺達はあの人を守りてぇんじゃねーか!」

「その覚悟があるなら付いてきな!連れてってやるよ…」

そして薫の仲間のバイクに全員乗り込み暴力団関係事務所に向かうのであった。

天斗達が到着する前に、既に伝説黒崎の仲間がこの暴力団関係事務所を張っていた。そして天斗達を乗せた車はゆっくりと敷地内に入っていく。
その報せはすぐに伝説黒崎のもとへ入り、黒崎、安藤達が急いで駆けつける。
薫…無事で居ろよ!お前だけは絶対に…黒崎は心の底から薫を心配している。薫と過ごした月日が長かった分、彼女に対して特別な思い入れが強い。
理佳子を拉致して今はもう目を覚まし、更正した石田も佐々木日登美奪還の為に天斗達が来るのを事務所の近くで待機していた。
一方、片桐、橋本達も芹沢が動いた報せを聞き急いでこの事務所に向かっていた。天斗達の仲間となるのは総勢60名にも及ぶ大集団と化す。これ程の数がそれぞれの想いを胸に死をも恐れず集まったのだ。

天斗と小山内が事務所の中へと通される。事務所は日本刀が壁にかけられており、庭は大きな庭石や竹が植えられていたり、和風テイストのいかにもヤクザの事務所といった雰囲気を醸し出していた。そして暴力団員20人ほどが天斗と小山内の二人を取り囲み睨みながら威圧して立っていた。

「何だそのガキ?」

そう言ったのは芹沢だった。芹沢は机の椅子に座ってタバコをふかしている。

「あっ!お前!」

天斗が思わず声を上げた。以前佐々木日登美に誘惑されて甘い罠にかかりそうになったことがあったとき、薫が天斗の目を覚まさせる為に怪しげな路地に連れて行ったことがあった。そしてその時、佐々木日登美と一緒に居たヤクザ風な男がこの芹沢だったのだ。
この男…佐々木日登美がすがるのを振り払い殴った奴だ…

「おい…お前誰にもの喋ってるかわかってんのか?お前ってなんだよ…」

芹沢が天斗に鋭い目付きで睨みをきかせた。

「佐々木日登美はどこだ!」

「おい!このガキ何しに連れてきた?俺は重森薫って女連れてこいっつっただろうが!」

芹沢が子分らしき男に怒鳴った。芹沢はかなりイラついている。

「はい…すみません…ですが、このガキ…その女のことを知ってるみたいで…こいつら使って探せばと…」

子分らしき男が芹沢の顔色を伺いながらそう言った。

「だったらさっさと吐かせろ!グズ共が!」

子分らしき男が鋭い目付きで天斗ににじり寄る。

「なぁ、知ってんなら教えてくれねぇかな!俺達も善良な市民に何も力ずくで聞き出そうなんて思ってねぇんだよ!教えてくれたら君達はすぐにでも帰してやるからよ…」

男は下手に出たふりをする。