「ねぇ、かおりん…実は…」

小山内はモジモジして薫に思わせ振りな態度をとる。

「なぁに?どしたの清…」

「実は…かおりん…かおりに渡したいものがあるんだ!」

急に凛々しい男の顔になって言った。薫はそれを見てドキッとした。

「はい…」

小山内がポケットから出してきたものは…

「はい…これ…うちの合鍵…」

「え?…合鍵?………」

「うん、かおりがいつでも俺ん家これるようにと合鍵作っちゃった!」

「………これを…渡されても…」

薫は困惑している。もしこれが小山内の単身の家の鍵ならまだ話はわかるのだが…実家の合鍵を渡されたところでどうしろと言うのか…

「き…清?これ…持ってても…どっち道勝手には入れないよ…だって、清だけの家じゃないもん…」

「そうだよ、もちろん俺だけの家じゃなくて、かおりの家でもあるって意味で渡した!」

「い…いや…そういう意味じゃなくて…お母さんとかお父さんが居るからそんな勝手なことができないじゃん…」

「はぁーーーーー!そういうことか!なるほど…なんて失敗をしてしまったんだ…俺はてっきりかおりんがいつでも俺の居ない時でも俺の部屋で待ってて欲しいって思って用意したんだけど…俺ん家には父ちゃんと母ちゃんという邪魔な存在が存在していたのか!」

薫の肩から服がズレ落ちる…小山内は思わぬ誤算に打ちのめされているようだ…

「やっぱり黒ちゃんの話を聞かず手錠にしとけば良かった…他にクリスマスプレゼント用意してなかったんだよ…これが一番喜んでくれると思ってたから…俺はなんて失敗をしてしまったんだ…」

小山内は絶望を感じてうなだれている。
手錠?手錠って…いったい清の頭ん中はどうなってんの?

「清…ごめんごめん…気持ちはすっごく嬉しいんだよ?それが何よりのプレゼントだから…頭を上げて?ね?お願い…」

薫は優しく小山内を慰める。

「ほんと?ほんとに大丈夫?失敗しても怒ってない?」

「怒るわけ無いじゃん!私は幸せだよ!」

小山内はパァーと明るい表情に変わり薫を抱き締めた。清…すっごくバカだけど大好きだよ…なんかあのお母さんの気持ちがわかるような気がする…こういうところに母性愛がくすぐられるのかも…

「かおりん…今日は泊まっていく?」

薫には帰っても兄の矢崎透が居るだけで何の問題も無いのだが…そのお泊まりにどんな意味があるのかがわかっているだけに悩んでいた。

「うーん…どうしよう…」

「母ちゃんはあんな感じだから全然問題ないよ?父ちゃんはあんな感じだから気付きもしないだろうし…」

それもそれで凄いな…

「でも、どっちにしても制服のままだし…一旦帰らないといけない…」

「そっかぁ…じゃあバイクで送るよ!」

「うん…それか…ちょっとバイク貸してくれる?」

「え?あっ!そっかぁ~。かおりんレディースやってたんだもんね!いいよ」

「じゃあちょっと借りるね。ついでにお風呂も入ってくるから」

小山内はその言葉に敏感に反応した。お風呂…身体を洗う…綺麗な身でうちに来る…こ…これは俺を誘っているのか…小山内は勝手な妄想に胸をときめかせていた。


俺と理佳子はお揃いのマフラーを首に巻いて街へと歩き出した。駅の方へ向かうにつれイルミネーションの輝きは増していく。俺と理佳子は手を繋ぎながらゆっくりと歩いていた。

「理佳子、このマフラー凄く暖かいよ」

理佳子は照れながら

「良かった。出来は良くないけど、気持ちはちゃんと込めてるから」

そう言ってチラッと俺を見て照れ笑いをする。

「理佳子…何か心配事とかはないか?」

さりげなく俺は探ってみる。

「………別に…ないよ」

「そうか…」

やっぱり理佳子の様子が少しおかしい…俺に余計な心配をかけまいとして言わずに一人悩んでいるのか…しかし、相手がどのタイミングで何をするかわからない以上、守るにも限界がある…俺はどうしたらいいのか悩む。

「少し寒くなってきたな…そろそろ戻ろうか。風邪引くとまずいし…」

「そうだね…」

俺と理佳子はしっかり防寒対策はしてきたものの、やはりこの時期の夜は冷え込みが厳しい。二人はイルミネーションを堪能しながら帰宅した。時間は21時を回っていた。俺と理佳子は部屋着に着替えてベッドに並んで座った。

「理佳子…俺からもプレゼントがある…」

そう言ってバッグから今日来る途中に買ってきた、可愛い包装に包まれたものを渡した。

「たかと君…これは?」

「開けてみて…」

理佳子が丁寧に包装を外して薄くて四角い箱が姿を現す。その箱から中身を取り出して

「あっ!可愛い!!」

それは丸い壁掛け時計だが、文字盤には可愛らしいフクロウのプリントが入っている。

「たかと君…ありがとう!!!すっごく嬉しい!」

理佳子の部屋には机の上にデジタルの電波時計は置いてあったが、壁掛けの時計は無かったので俺はホッとしていた。早速理佳子は壁の一番見やすい場所へかけた。

「たかと君、凄く可愛くて素敵!ほんとにありがとう!」

理佳子のこういうところが堪らなく可愛い。社交辞令で言ってる様子はなく、目を輝かせて素直に喜んでくれてるような表情を見るとこっちも嬉しくなってくる。

「理佳子…」

理佳子はまた俺にギュッと抱きついてきて俺の胸に顔を埋めている。

「理佳子は甘えん坊だなぁ」

「だって…普段会えないんだもん…前は毎日顔見れたのに…だから…いつも淋しくて…たかと君が恋しいの…」

「そっか…」

俺はいつまでも離れず抱きついている理佳子を気の済むまでそのまま包容した。

「理佳子…」

「うん…」

理佳子はそっと顔を上げて目を閉じる。二人は熱いキスを交わす。そして二人はゆっくりとベッドに座り俺は理佳子の服の中へと手を滑り込ませ、胸の方へと…理佳子の口から吐息が漏れ出す。

「たかと君…」

俺は立ち上がって部屋の電気を薄暗くし、再び理佳子に…それは丁寧に丁寧にじっくり時間をかけて続けた。そして…俺と理佳子はついに身体の全てが強く結ばれたのだった。二人はその日初めて大人の階段を登った。


薫は小山内から勝手に家に上がって来るように言われていた。玄関のドアを開けてそーっと身体を滑り込ませる。鍵をかけて二階の小山内の部屋へと階段を登る。

「清~…」

小声で名前を呼んで静かに部屋のドアを開ける。中は真っ暗で何も見えない。もしかして清寝ちゃった?

「清~…」

もう一度薫は小声で呼んだ。

「かおりん…こっち…」

暗がりの中から小山内の声が聞こえる。

「清?なにしてるの?」

「ムード作ってる…」

「………ムードって…何の?」

「かおりん…そこまで男の俺に言わせるのかい?」

薫はパチッと部屋の電気を付けた。部屋の中はパッと明るくなり、小山内は布団の中で眩しそうにしかめっ面をしている。

「清…何してるの?」

「もう…せっかくロマンチックなムード作りしてたのに~…」

「清…こういうのはロマンチックとは言わないと思うけど…」

「え?だってAVとかでよくこういうシチュエーションあるよ?」

「んー…そういう発言自体ロマンチックに欠けるなぁ…もっと徐々に盛り上がっていって、ドキドキな時間がクライマックスを迎えた時にキャーって言わせるような…そういうのがロマンチックなんだよねぇ…」

「そっか…徐々にね…」

「そうそう」

「デーデン………デーデン………デデ、デデ、デデ、デデ、デデ、デデ、デデ、デデ、デデデ~!」

「ん、んー………確かにね…確かに徐々に迫り来る感じで盛り上がって行くんだけど…ジョーズとはまたちょっと違うんだよなぁ…」

「んー…ドキドキ感を表現したんだけど…」

このズレた男にどう説明すれば伝わるんだろう…

「清ちょっと起きて!」

「はい…」

小山内はしぶしぶ布団から出て、足を伸ばして座っている。そこへ薫は小山内の足の上に座り小山内に抱きついた。

「か…かおりん…」

小山内は興奮して鼻血が出そうなのを必死にこらえる。

「清…このまま居させて…」

薫は小山内に抱きついたままその温もりを感じている。小山内も薫の柔肌を抱き締めてその感触に幸せの絶頂に浸っている。

「清…」

薫は目を閉じて小山内に顔を近づけた。小山内は薫の柔らかい唇に口付けをする。長い沈黙、薫は小山内のキスで淋しさが和らいでいく。そして思わず涙がこぼれた。その涙は薫の心の中で複雑に絡み合う想いが溢れ出したものだった。

「かおりん…」

小山内はその涙を感じながら、無言で察し薫を強く抱き締めた。まだ…きっと…かおりんの中では忘れられない存在がどこかにいるんだろう…だとしても、それでいい…それで良いんだ…俺はお前を一途に想い続けると約束したんだから…それは例え何があろうと決して曲げることはない!

「清…」

「かおり…」

その時

「清~、かおりん~、ちょっと来てぇ~」

それは小山内の母、吟子の声だった。二人は目を合わせてため息をついた…

「はぁい」

二人は階段を降りてリビングへと向かう。小山内と薫がリビングに入るとテーブルにはたくさんの写真が並べられていて、小山内の両親が懐かしそうに思い出に浸っていた。

「ねぇ、ちょっと見てみ見て!母ちゃんとパパの若かりし頃の写真!」

お母さんの十代の頃だろう、めちゃくちゃヤンキーでいかにも喧嘩に明け暮れてましたという感じがする。一方お父さんの方はいたって真面目な少年という、あまりにもミスマッチな両極端の二人だ。いったいこの二人はどうやって知り合ったのだろう…

「母ちゃん、怖ぇ~!目が危ない…父ちゃんは…」

そう言って小山内が吹き出す。

「パパは優等生だったんだよ!」

薫は吹き出すのをこらえるのに必死だった…この人が優等生!?まるで清そのものなのに!?

「いや、無いでしょ!父ちゃん俺より天然だし!」

「父ちゃんはなぁ、勉強だけは出来たんだよ」

「そうなの、勉強はいつもトップクラスだったみたい。でも、しょっちゅう喧嘩に巻き込まれるタイプというか…気づいたらその渦中に居るというか…ちょっと不思議な能力を持った人で…」

「そこで吟子さんが俺を助けてくれて恋に落ちちゃったんだよねぇ~」

「よくこんな怖い人に恋に落ちたな…父ちゃん…」

「私もこんな弱い人に惚れるとは思って無かったけど、なんか守ってあげたくなるようなフェロモンが出てるのよねぇ…」

「お母さん、それ何となくわかる気がします。清は弱くは無いけど、でも何とかしてあげたくなるようなフェロモンみたいなの感じますから」

「アッハハハハハ、かおりんも変わってるわねぇ…ほんと物好き」

「いや…母ちゃんの方がよっぽど…」

そして薫は写真を目で追っていくと…ヤンキーの集合写真があった…そして…

「えっ!!!」

薫の目に飛び込んで来たものは…若かりしし頃の父、矢崎拳(やざきけん)だった…

「ん?どうしたかおりん?」

薫はしばらく固まってしまった。小山内のお母さんと肩を組んで写っている父…どういう関係なんだろう…

「この人は…」

そう言って薫が指差す。

「あぁ、拳さんね。この人は英雄と呼ばれた人なの。ヤンキーみんなの憧れの存在だった…言ってみれば正義の味方みたいな感じ。私達みたいにグレた若者は度々ヤクザ者にも目を付けられてね…そういう時は必ず拳さんが盾になって守ってくれたのよ…誰にも真似出来ないようなことを、自分の危険を顧みずやってのけた…だから英雄」

「英雄…」

小山内が何か言いかけるのを薫が制止して

「へぇ、それでお父さんとお母さんの出会いのエピソード知りたい!」

薫は父のことを深く知りたいとは思わなかった。