「清、あんたのお母さん面白いね」

二人は二階に上がり清の部屋で座布団を敷いてくつろいでいる。

「そうか?母ちゃんキレたらメチャクチャこえーんだよ…この前なんかさぁ、片桐呼びつけてボッコボコにしたあと…」

お前こんなことしてどう落とし前付けんだコラァ!
すみません…弁償します。
弁償しますじゃねーよ!ちゃんとガラス破片始末しろや!一粒残さず片付けろよ!
はい、すみません…
もし少しでも残ってたらテメェの口ん中に突っ込むぞ!わかったかコラァ!
はい、すみません…

「ってよぉ…いいだけ脅した後に親呼んで今度は親に説教よ…まぁ、そんだけの報いは受けて当然なんだけどさぁ…」

「あはははは!面白い!」

「だから、あれだけ母ちゃんがかおりん気に入ったの見てビックリしたよ…」

「多分…動物的な直感で仲間の臭いを感じたのかな?」

「ん?メス同士ってこと?」

「う…うーん…まぁ確かに当たらずともだけど…何て言うか…」

「甘ったれなところ?」

「ん?甘ったれ?誰が?」

「かおりんと母ちゃん…」

「私は清の前では素を晒してるけど…清の母さんが?甘ったれ?」

薫は清の母の甘ったれた姿が全く想像付かない。どう見ても男気質でサバサバしているイメージしかない。

「母ちゃんメチャクチャ甘ったれだよ。いつも父ちゃんにデレデレしてベタベタくっついているもん」

「は?嘘でしょ?あのお母さんが?」

「いや、マジだって…夫婦ってそんなもんだろ?」

その時

「吟子さん、ただいまぁ~」

中年男性っぽい声が下から聞こえてきた。

「おっ!父ちゃん帰ってきた!かおりん行こうぜ」

二人は階段を下りかけると

「ダーリンお帰り~」

確かにあのヤンママの声だけど…メチャクチャ甘ったれた喋り方になってる…薫はそのギャップに吹き出しそうになる。

「な?母ちゃんいつも父ちゃんに対してあんな感じなんだよ…でも気をつけて!父ちゃん半端なく頭悪いから…」

それを聞いて薫は更に笑いをこらえるのに必死だった。清からそんな言葉が出るなんて信じられない!この家族面白すぎる!薫は期待に胸を膨らませながら下りていった。

「父ちゃんお帰り~」

「おぅ清!久しぶりだなぁ…元気だったか?」

「父ちゃん、朝挨拶したばかりだろ?元気に決まってんじゃん…それより俺の彼女紹介する!」

薫を引っ張って

「どうだ!可愛いだろ!」

「初めまして重森薫です」

「おう!かおるちゃんかぁ!宜しく宜しく!」

「パパ、かおりちゃんだから!」

「おぅ、そうかそうか!かおりちゃんな!うんうん、立派になられたもんだ!」

「パパ…初対面の人にはそういう言い方おかしいわよ…昔から知ってたみたいになってる!もう…」

「ははは!そうだったか?そんなことは気にしなくていいよ」

いや…それはあなたが言うセリフではないけど…薫は心の中でツッコミを入れた。

「ねぇ、吟子さん」

「はい、パパ」

「今日は…何の日だったかな?」

「うーん…多分何か良いことある日よね?」

「はい、吟子さん…」

清の父さんが鞄から差し出した物は…それは会議か何かで使うであろう書類らしきものだった。

「え?パパ?これ…何?」

「ハハ!何を隠そう、これは吟子さんが恋い焦がれて止まないあの俳優Kさんの直筆サインだぁ~!」

そう言ってその会議書類の裏を見せて

「どう!これ!」

「パパ!どうやってこのサインもらえたの???」

「実はだなぁ~、街中で人だかりが出来ていたから何かと思って見に行ったら誰かが喧嘩しててなぁ、それで喧嘩の仲裁に入ったのに今度は俺がその仲裁に入られてな…そして誰かが何か謝って来るんだけど、俺は何が何だか訳がわからず困っていたら、その俳優さんがこっちに来て、ご迷惑おかけしました。よろしければ何かお返し出来ればとか言うんで、じゃあサイン下さいって言ってもらってきた」

この時薫と母はその成り行きがこういうことだと推測した。つまりお父さんは撮影現場の喧嘩のシーンで、本当の喧嘩だと思い込み仲裁に入ってしまった。そしてスタッフが止めに入って事情を説明したが理解出来ず俳優Kがそこを収める為にお父さんにサインを渡してお引き取り願った。

「父ちゃん…きっとそれは喧嘩を収めてくれた父ちゃんに感謝してサインくれたんだな!」

「あっ!そういうことか!それで合点がいったぞ!ハッハッハ~」

薫と母は少し顔がひきつっているが

「パパありがとう!パパのお陰で最高のプレゼントもらえたわ~!」

「吟子さん…でもそれは会議で使う大事な書類なので今見せるだけなんだよねぇ…でも大丈夫!もっと凄いプレゼントがまだある!」

「あら!なぁになぁに?」

「ジャンジャーン!」

手にしていたものはスマホだった。

「え?これは…」

「吟子さん!これは俳優Kの写真だよぉ!超スペシャルアイテムだろぉ?」

そこに写っていたものはピンボケした誰かの横顔だった。いや…わずかにその奥に俳優の姿が見える…誰かがカメラの前を横切ったが気付かずそのまま写真を撮ったようだ…
お父さんは凄く得意気な顔をしているが、これこそが正に小山内のキャラを作り上げた遺伝子なのかと薫は驚愕した。この父親とこの母親から出来る子供は確かに小山内しかいないだろう…

「パパ…」

それを手にしてしばらく悲しそうな表情で黙っている…
流石にそれは全く嬉しくないでしょ、普通は…
薫はお母さんがキレるのかと期待したが…

「めっちゃ嬉しい~~~!」

ガクッ…一瞬薫はコケてしまった。

「良かったなぁ~、母ちゃん!」

小山内も一緒になって大喜びしてる…

「あのぉ…ちょっとその書類とスマホ、数分だけお借りできませんか?」

薫は書類とスマホを手に取り小山内を連れて外へ。

数分後、

「母ちゃ~ん!かおりんが!」

そう言って清が吟子に書類を渡し、父にはコピーした方を渡した。そして写真も俳優を中心に拡大プリントして一緒に渡した。

「おっ!かおるちゃん、可愛いだけじゃなくて頭もいいんだね!清、かおるちゃんを離すんじゃないよ!お前はバカだなんだから!」

「かおりだってば!」

ってかどっちもどっちだと思うんですけど…
心の中でつっこむ薫だった。


「たかと君、今日どうするの?」

「ん?お泊まりする?」

「え?何も用意してないけど…」

「あら、それならお着替え買ってらっしゃい。下着とパジャマ代は私が出してあげるから。また、これからもそういう機会がきっとあるでしょう?」

理佳子の母さんがそう言った。これは完全に理佳子との関係は公認で、全て受け入れてくれてる証拠だ。

「でも、そんなの悪いですから…」

「良いのよ。たかちゃんが理佳子を大事にしてくれてるから、それくらいさせて」

「たかと君、じゃあ買い物行きましょ?」

「すみません…では、お言葉に甘えさせてもらいます」

理佳子の母は美しい笑顔を見せてお金を渡してくれた。そして俺と理佳子は近くの手頃な店で買い物を済ませ理佳子の家に戻った。家に入ると理佳子の母さんが

「たかちゃん、さっきたかちゃんのお母様にお電話しておいたから遠慮なくゆっくりして行ってね。それから夕飯は奮発してご馳走作ってるから後で一緒にね」

「何から何まですみません。ありがとうございます」

そして俺と理佳子は二階に上がった。

「たかと君…」

理佳子は俺に抱きついて来て俺の胸に顔を埋める。俺は理佳子の腰に手を回し、片方の手で理佳子の頭を撫でた。

「たかと君、ずっと私だけを見てて…」

俺は理佳子の頭にチュッとキスした。

「理佳子…大好きだよ…」

理佳子は黙って俺に抱きついている。ミャアオ…タカが俺もここに居るぞとアピールしてきた。二人は離れベッドに腰を下ろす。俺はどのタイミングでクリスマスプレゼントを渡せばいいのか悩んでいる。

「たかと君、先にお風呂にする?」

「あ…あぁ、そうだね。先に入った方が後でゆっくりするよね」

「うん、先に入ってきて。私はその後に入るから」

そう言って風呂場に案内してもらい先に借りることになった。湯船の中で温かいお湯を堪能していると理佳子の母さんと理佳子の話し声が聞こえてきた。それに俺は聞き耳を立てる。

「理佳子…最近誰かに後をつけられてるような気配がするって言ってたけど、あれからどうなったの?」

「うーん…やっぱりただの勘違いだったのかなぁ…」

「でもなんか心配よねぇ…たかちゃんが側に居てくれれば安心なんだけど…」

「でもお母さん、この前転校したいって言ったらダメって言ったし…」

「だってぇ…転校なんてそんな簡単にするもんじゃないからぁ…」

「じゃあ、そういう事情があったら良いの?」

「うーん…それには現実的にいろいろ問題が出てくるからねぇ…困ったわぁ…」

やっぱりそういうことがあったのか…あの片桐情報は既にすぐそこまで理佳子に差し迫っていたのか…

俺は風呂から上がり

「お先にありがとうございます。良いお湯でした」

「はぁい、じゃあ理佳子も入っておいで」

「うん」

そう言って理佳子も続いて風呂場に向かう。理佳子がシャワーを出しはじめてから

「おばさん…理佳子の身に何かあるんでしょうか?」

俺は詳しい事情が知りたくて聞いてみた。

「あら、聞こえてたの?うーん…最近ね、理佳子が誰かにストーカーされてるような感じがあるみたいで…確信はないんだけど心配でね、警察も何か起きてからじゃないと対応してくれないし…」

「やっぱりそうだったんですか…」

「え?やっぱり?って?」

「いや、やっぱりってわけじゃなくて…その…理佳子の様子が変だから…」

「理佳子はたかちゃんに心配かけたくないから何も言わないって言ってたのよねぇ…たかちゃんが側に居てくれたら心強いんだろうけど…」

「………」

「ただの気のせいならいいんだけどね…」

「何かあれば必ず僕が理佳子を守りますから!」

「ありがとう!おばさんも、たかちゃんだったら理佳子を嫁に出したいと思うわ」

そう言って優しい笑顔を向けてくれた。やっぱり綺麗だ…色白で理佳子によく似てる。理佳子に大人の色気を足したらこんな風になるんだろうなぁ…将来の理佳子を想像してしまった。

「おばさん…僕の母さんも理佳子をすっごく気に入ってお嫁さんお嫁さんって言ってます」

そう言って二人は笑った。そして理佳子が風呂場から出て来て

「二人で何楽しそうに話してるの?」

バスタオルをまとっただけの姿で理佳子が脱衣所から顔を出した。

「理佳子をお嫁にもらってねって頼んでたのよ」

「お母さん、そうやってたかと君にプレッシャー与えないで」

理佳子は湯船でそうなったのか、今の話でそうなったのか、色白な顔を真っ赤にして言った。俺達は二階に上がり

「たかと君…夕飯済ませたらイルミネーション見に街へ行かない?」

「おっ、良いね!そうしようか!」

その時

「ご飯よぉ~、降りてきて~」

理佳子の母さんの声が聞こえてきた。三人は食卓テーブルを囲み椅子にかけた。

「おじさんはまだ帰られないんですか?」

「あの人はいつも残業で遅いの。だから気にしなくて良いのよ。さぁ頂きましょ」

テーブルに並べられたオードブルを見て俺は驚いた。

「これ…おばさんが全部?」

「お母さんは料理が好きなの!いつもこういうのはお母さんが作るの」

「へぇ~凄いなぁ…」

「理佳子も手伝ってくれればもっと楽なんだけどね」

「お母さん…私だってたまに手伝うじゃん…」

「さ、食べて」

「いただきまーす」

そう言ってオードブルを順番に味わう。どれもこれも凄く美味い!

「美味しいです!凄く美味しい!」

俺はまるでシェフが作ったかのような料理の美味さに感動した。

「あら、嬉しい!ありがとう」

「私もいつかお母さんに負けないぐらい勉強してたかと君に食べさせてあげるね!」

「頼むよ理佳子!毎日こんな美味しいご飯が食べられたら幸せだよ!」

そして団欒の時間が終わり俺達は出かける支度をする。その時理佳子が

「たかと君…これ…」

そう言って理佳子が手にしたものはいかにも素人が苦労して編み上げたであろう水色のマフラーだった。

「もしかして…一生懸命編んでくれたのか?」

「うん…私はピンクのやつ…」

形は若干いびつに仕上がっているが、理佳子の気持ちがひしひしと伝わって来る。

「理佳子…ありがとう!!!凄く可愛いよ!」

理佳子は照れながら

「初めて編んだから上手くいかなくて…ちょっと形は変だけど…」

俺は無言で理佳子を抱き締めた。