俺と理佳子はタクシーを拾って病院に駆けつけた。某市立病院の入り口自動ドアから入ってすぐの待合室で清原が待っていた。

「清原!小山内の容態は!?」

「黒崎さん!今きよちゃん輪切りにされてる!」

「あっ?輪切りに?」

「あぁ、MR何ちゃらってのできよちゃんを輪切りにして断面を見ないとわからないからとか説明受けて…俺もう心配で心配で…黒崎さん…きよちゃん元の身体に戻らなかったらどうしよう…」

俺は言ってる意味が分からず心配になった。

「理佳子!今の日本の医療は人間を輪切りにしてまた戻せるほど技術が進歩してんのか!?」

真面目に聞いた。理佳子は少し困惑して

「えっ?た…たかと君?…もし本当に人間を輪切りにしたらきっと元に戻せる可能性は低いんじゃないかな…でもMRIって検査のことで実際にはモニターでそういう風に見えるってことで…本当に身体を切断するって意味じゃないよ…たかと君までそんなに真剣にボケたら私演技じゃなくて天然?って思っちゃうところだったよ…」

「そ…そんなの常識だろ!理佳子、俺をこいつらと同等のレベルで見るなよ?」

清原が

「彼女さん!よくわかんねーけど、とにかくきよちゃんは元に戻るってことかな?」

理佳子は清原の切実な表情に気圧され

「た…多分…」

と答えた。

「多分って何だよ多分って!」

理佳子はこれ以上どう説明していいのか迷っている。
てかこんなアホに付き合ってる場合じゃねぇ…結局小山内どうなったんだ?

「医者は?医者はどこだ?」

「ここは病院だから医者はそこら中に居るけど…」

清原が真顔で言う。

「小山内の容態をみた医者のことを言ってんだよ!」

「そうか!それは…」

そのとき自動ドアから薫が慌てて入ってきた。

「たかと!小山内はどうなったの!?」

薫は今にも泣きそうなほど切羽詰まった表情だった。

「薫、今小山内君はMRIの検査を受けてるらしいんだけど…どんな容態かいまいちよくわかってないの…」

「そんな…じゃあ検査室のところで聞いてみる!」

そう言って薫は足早に検査室へと向かう。小山内…小山内、小山内、小山内、小山内、小山内………何で…何でだよ…何で…もしまた私を独りにしたら許さないから…許さないんだから…そのとき検査室の扉が開き小山内がひょっこり姿を現した。

「小山内…もう…」

薫の目に涙が浮かんでる…小山内は目を見開いて

「かおりちゃん!来てくれたの?」

満面の笑みで幸せそうな顔で言った。薫はその顔を見て

「………。心配させんじゃねーよ!!!何なんだよ!!!救急車で運ばれたとかって!全然元気そうじゃん!」

ホッとしてどっと涙が溢れていた。

「かおりちゃん…どうして泣いてんだ?」

「………バカ!」

そこへ天斗、理佳子、清原が追ってきた。
薫は慌てて手で涙を拭った。

「きよちゃん!もう元に戻ったのか?」

「あ?そりゃ俺の身体は丈夫に出来てるからよ…あれくらい何ともねぇよ!」

「きよちゃんすっげえ!輪切りにされてもすぐに回復しちまうなんて、正に不死身な男だな!」

「小山内…それでエスカレーターから落ちてピンピンしてるみたいだけど…問題ないのか?」

俺が聞いた。

「まぁ、ちょっと首が痛くてな…ムチムチって診断された」

「ん…んー…それはむち打ちだな…」

そこで薫が

「何でエスカレーターから落ちたの?」

清原が割り込んできて

「それがさぁ…上りのエスカレーターで俺らの前に…」

ボコっ!

「うっ…痛って…何で殴っ…」

ボコっ!

清原がうずくまる。小山内が清原を制止して

「あぁ~それは俺から話すから…」

薫が

「小山内…顔…真っ赤に腫れてるけど…しかも紅葉型に…」

「え?ほんと?何回転かして落ちたからそんな風にぶつけたのかなぁ?」

どんな苦し紛れな言い訳だよ…

「てか何でそんなにピンピンしてんのに救急車で運ばれたんだよ?」

俺が聞くと

「それがさぁ…きよちゃん落ちたとき気を失っちゃってピクリともしないから…完全に死んだと思ったんだよね…目だけは見開いてこっち見てたんだけど…」

俺はそのとき何故目を見開いていたのかわかったような気がする…こいつ…そんな状況になってまで…気になったのか?

「とにかく無事で良かったね!」

理佳子が空気を察して言った。

「みんな心配かけてごめんな…高谷と千葉の見舞いに行かなきゃな」

そう言って一同は高谷達の病室に見舞いに行った。しかし薫は小山内の手を掴み人気のない所まで引っ張って行った。

「いい?…私が泣いてたなんて誰にも言わないでよ?それから…この前キスしちゃったことも誰にも言わないで…わかった?これは私と小山内だけの内緒にして!」

小山内はこないだ天斗に話してしまったことを思い出して動揺してる。

「う…うん、わ…わかった…絶対に…言わないよ…うん…言わない…誰にも…黒ちゃんにも絶対…言わない…」

薫は疑いの目で小山内を見る。小山内は動揺して少し目が泳いでる。わっかりやすっ…こいつ絶対嘘つけないタイプだわ…でも…そういうところがちょっと可愛いけど…薫は少しずつ小山内のことを好きになりつつあった。

俺と理佳子が家に着いた頃には辺りはすっかり暗くなっていた。

「たかと君、おばさんに挨拶したら帰るね…」

「今日は小山内の件で悪かったな…ゆっくり出来なくて…」

「ううん…たかと君の大切なお友達だから…」

俺達は母さんの所へ行った。

「おばさん、今日はありがとうございました。遅くなっちゃったんで帰ります」

「ほんとはもっとゆっくりしていってって言いたいところだけどねぇ…家も遠いし引き止めるわけにはいかないもんねぇ…」

「おばさん、また来ますね…それじゃまた…」

母さんは目に涙を溜めながら手を降る。理佳子もニコッと笑いながら手を振る。俺達は駅に向かって歩き出した。

駅に着いた時には既に夜の9時を回っていた。ホームで理佳子が乗る電車を二人で待っていた。他に人は居なくて俺と理佳子二人だけだった。

「たかと君…今日はありがとう」

「理佳子、またいつでも会えるからな」

「うん………たかと君…あの…これ…」

理佳子はバッグをゴソゴソあさり何かを取り出した。

「はい、私とお揃いだよ」

「おっ!」

理佳子が差し出してきたものは凝ったカットがされたちょっと変わったブレスレットだった。

「たかと君…明日誕生日でしょ?だからこのプレゼントを渡しに今日来たんだ」

「理佳子…ありがとう。お揃いって良いな」

「エヘッ、いつも身に付けてね」

「あぁ、肌身離さず付けてるよ」

「たかと君…」

「うん…」

俺はそっと理佳子を抱き寄せた。理佳子も俺の首に腕を回す。二人は別れを惜しみ大人のキスをした。

「理佳子…」

「たかと君…」

「いつか………」

そう言いかけて俺は止めた。理佳子は何かを察したかのように

「うん…」

とだけ返事をして頷いた。俺はそのあとの言葉を呑み込んだが、いつか必ずお前を迎えに行く。一生お前を離さない…
そして理佳子も…待ってる…ずっと待ってる…私もあなたへの愛を貫き通す…何も言わないが想いは通じあっていた。そのとき電車がホームに入ってきた。
ガタン、ガタン、ガタン…ガタン……ガタン………キーッ…プシューッ
電車が止まりドアが開いた。

「じゃあな理佳子…」

「うん…」

理佳子は電車に乗り小さく手を振っている。俺も手を振った。ドアが閉まりゆっくりと電車が走り出す。理佳子をホームギリギリまで追いかけ見送った。行っちまったな…また明日から理佳子の居ない淋しい日が続くな…理佳子…そのあと理佳子から無事に家に着いたとLINEで連絡が来た。俺はホッとして返事をして眠りに着いた。その夜もまた嫌な夢を見た…理佳子が何者か複数の男達に囲まれ絡まれている…必死に逃げようとするが逃げ道を塞がれ理佳子は泣いている…たかと君…助けて…
ガバッ
何なんだよ…また変な夢を見ちまった…理佳子…何か心配だ…嫌な予感がする…この予感が当たらなきゃいいんどけど…

それからまた一ヶ月ほど理佳子とは週に2~3回は電話をして平和な日々は続いた。そんなある日の放課後、俺と重森は学校のグラウンドで話をしながら歩いていた。そのとき遠くから叫び声が聞こえ俺はその声の方を向くと野球ボールが飛んで来るのが目に入った!

「重森!!危ない!」

重森の頭をめがけて飛んでくるボールを俺は咄嗟に反応して重森の盾になって庇った。それは俺の背中に当たり重森に覆い被さるようにバランスを崩して二人は地面に倒れてしまった。

「痛っつつつ…重森…大丈夫か?」

俺は地面で抱き合うような体勢で重森の上になっていた。

「あっ…ごめん…」

何か気まずくて俺は謝った。俺と重森の目と目が合って重森は動揺してる。

「た…たかと…」

薫はこの瞬間フラッシュバックが起きてガタガタ震えだした。薫は天斗を物凄い力ではねのけて立ち上がった。

「そうやって優しくすんなよ!辛いんだよ!もうこれ以上私に優しくするのはやめてよ!」

そう言って走って行ってしまった。

「何だよあいつ…助けてやったのにそりゃないだろ…」

そのとき通りかかったクラスメートの女子、山田法子(やまだのりこ)が

「黒崎君って…優しいわりにけっこう鈍いんだね」

「あぁ?いやだって…いきなりあんなこと言われても…たまにアイツ変なんだよな…」

「フフ、そっかぁ…重森さんってそうだったんだぁ…」

意味ありげに山田はそう言った。

「そうだったって…どうだったんだよ?」

「自分で聞いてみたら?じゃあね」

そう言って行ってしまった。どいつもこいつも訳がわからん…実はこのとき一部始終を小山内は見ていた。
あのかおりちゃんの様子…もしかして…小山内は薫を追いかけて学校の屋上に向かった。薫は屋上の手すりに腕をかけて顔を伏せていた。小山内はしばらくその様子を見ていたが、ゆっくりと歩きだして横に立ち、薫の肩を抱く。薫はその気配で小山内だと察し肩を震わせながら泣き出した。

「かおりちゃん…」

何と声をかけていいか分からずそのまま止まった…薫は伏したまま泣き続ける。

「かおりちゃん…俺…バカだからさ…難しいことはわからないし…女心ってのもよくわかんねーけどさ…何となくわかることが一つだけあるんだわ。それは…俺が…かおりちゃんの心の中には…居ないって…」

小山内はキュッと唇を噛みしめて続けた。

「かおりちゃんの中には…きっと別の誰かが…居るんだろ?でもさ、俺は…例えそうだとしても…例えかおりちゃんの中に俺が居ないとしても…それでいい…俺が…俺がかおりちゃんのことを好きな気持ちは変わらないから…どんだけ時間かかっても…俺を通して他の誰かを見ててもいい…それでも俺は…かおりちゃんのこと…想い続ける…だから…俺をかおりちゃんの心の逃げ場にしてくんねーかな?泣く時はいつも俺の腕の中で…って…ダメかな?」

「小山内………」

ありがとう…ありがとう小山内…

薫は堰を切ったように号泣してしまった。

回想シーン

遡ること一年と四ヶ月前…

「なぁ、天斗!アイツらやっぱ人数集めて攻めてくるぞ!」

これは薫の元カレ武田剛たけだつよしだった。本物黒崎天斗の右腕で、これは黒崎と小山内のような関係だった。港の埠頭の倉庫に20人ほどがバイクを走らせここで集まっていた。いわばここが黒崎天斗のアジトと言える。

「フン、そんなもん何人集めてこようが関係ねぇよ…雑魚をどんだけ集めようが所詮雑魚でしかねーよ」

そこには矢崎薫の姿もあった。薫は大きなレディースのチームの総長をつとめていて、黒崎天斗以上にこの名は広く知れ渡っていた。

「ねぇ剛…今回は何か凄く胸騒ぎがするの…お願い…気をつけて…」

「薫、心配すんなよ!俺は不死身の男だ!どんな怪我をしても不死鳥の如く甦ってくる、そう!フェニックスのように!」

「でも…ほんとに今回だけは心配なの…私、剛居ないと生きていけないよ?」

「わかってるさ、薫…お前を独りにはしやしないって!」