メメント・モリ




わたしは、臆病な人間だった。あのとき、扉を開ければ、彼の元に行くことが出来て、彼と同じ病で死ぬことが出来た。わたしは、死ぬことが怖かった。死を感じることが嫌だった。死ぬことが怖いなんて、当たり前だと言うかもしれない。それは弱さじゃないと、言うかもしれない。


だけど、それが、わたしの弱さだ。


わたしは彼の元に行って、安心させてあげることが出来なかった。外に出れば、自分が死ぬと思う気持ちの方が何倍も強かった。勇気がなかった。

わたしは、もっと強くならないといけないのだ。泣いてばかりの人間は卒業しなければならないのだと、思う。


わたしは、もう空っぽの冷蔵庫を扉の下まで持ってくると、それを横に倒して踏み台にした。鍵を縦に回すとかちゃりと音がした。少し重い扉も勢いをつけて開けると近くにあった梯子を降ろした。不健康な空気が入れ替わる。清々しいものだった。


ああ、だから、彼は清々しい顔だったのかも、とわたしは思う。


赤く熟したトマトがまだ、手を伸ばしていた。わたしはそのトマトを一つ食べた。健康な味がした。


それから、東側の窓の前に立つ。彼の目からわたしはどう見えていたのだろうか、と思ったけれど、考えるのをやめた。だって、あの日のわたしの顔はきっとあまりにも酷かったろうから。


そして、彼が倒れた辺りに寝そべって、空を見上げた。周りの草はわたしの腰よりうんと高かったから、視界がかなり隠されたけど、空は青かった。都会で見た空よりも、ずっと青い気がした。