歳月は矢のように過ぎ去り、一足先にジローくんは社会人になり、私もそろそろ就職を考えるときだった。

司書の資格は、なんとか無事とれていたから、あとは就職できるかどうか。


ジローくんは、都内の有名レストランに採用された。

でも、彼の本当の夢は、雇われて働くことではなかった。

最初は、調理師として、両親の店を継ぐつもりだったが、私との出会いで少し考えが変わったという。

インテリアなども大好きなジローくん。

彼の部屋にお邪魔すると、とても洒落ていた。

両親はもうリタイアを考える年頃だから、その店を、高級店ではなく、両親の店ように良心的な値段設定で、恋人たちがデートを楽しめるような、隠れ家的な、小さなレストランにリニューアルオープンさせるのが夢だという。

「こんな店で茉子ちゃんとデートしたい…って店の雰囲気をイメージしたときに、そうしようと思い付いたんだ」

そう言っていた。


社会人と学生。

すれ違いが生じたりするのか心配だったが、私たちは変わらなかった。

社会人になってすぐ、ジローくんは実家を出て、近くのアパートで一人暮らしを始めた。

淡い色にペイントされた合鍵を貰ったときは、舞い上がるようだった。

信頼の証。そんな気がしていた。



でも、私は勝手に部屋に上がったりはしなかった。

図々しい女にはなりたくなかったから。

ジローくんは「いつでも居られるのが嫌」なんて思う人じゃないと知ってはいたけれど、そこは自分の中のマナーのつもりだった。



そして、更に月日が経ち、私は大学を卒業し、無事、図書館で働き始めたら、毎日があっという間だった。



勤務時間が違う、休みの日も違う、今度こそデートも儘ならなくなった。

それでも、毎晩、受話器越しにジローくんの優しい声に包まれると、明日もまた頑張れる、そう思えた。

今夜もそのはずだった。