【完】それは確かにはちみつの味だった。



「うん、行きたい」 

 そう返すだけで精一杯だった。言葉に出来なかったことにもどかしさを感じる。本人は破顔するほど喜んでいるからまぁ良しとしよう。

「・・・あと、本当にそろそろ離してくれないかな。恥ずかしくなってきた」

 抱きしめる腕をバシバシと叩いて解放してアピールをしてみるが、彼は”?”を浮かべては首をこてんと傾げる。

「何で?いいじゃん。もっとらぶらぶしたい」
「・・・既にキャパシティオーバーしてるんですが」

 らぶらぶだとかイチャイチャだとか、それを耳にしただけで恋愛初心者の私はリンゴのように顔を赤くしてしまう。少しは手加減というか、ペースを合わせて欲しい。
 
そしで思い出した。今も「かわいいねぇ」と甘い言葉を囁き続ける成瀬くんは最初から人を巻き込むタイプのマイペース男だということを。
 
 絶対面白がってそういうこと言ってるんでしょ。そう言って勝手に機嫌が斜めになる面倒な私の顔を、成瀬くんは余裕に満ちた笑顔で見つめてくる。

「それじゃあ、好きって言ってくれたら離してあげる」

 きっと、これからも私は彼によってうまく手のひらの上で転がさせるのだろう。でもそれでもいいや、と思うくらいには今は彼が好きでしょうがなくなってしまっているのだ。気づかなかった過去にはもう戻れない。

「・・・好き、成瀬くんのことが」
「うん、俺もすきだよ」
 
 おとぎ話に出てくるお姫様よりも、そしてこの世界にいる誰よりも、私が一番幸せだと胸を張って言える。 

「でも、もうちょっと、ペースを合わせて欲しい、です」
「約束はしないけど、善処はする」

 約束してくれないの、と眉を顰める私に「だから善処はするって」と成瀬くんは笑う。一応今後のために「善処」という二文字を辞書で引いて欲しい。

「これからもずっと一緒にいて、ひより先輩」

 逃してなんてあげないから覚悟してね、と彼はそう云わんばかりの熱の篭った視線はいともたやすく私の目を絡めとってしまう。

 そして互いを見つめ合った瞳が同じ温度になった瞬間、ふわりと降りてきたのは甘くとろけるような口付け。

 身も心も溶かしてくれるような彼のそれは、確かにはちみつの味だった。



【完】