【完】それは確かにはちみつの味だった。


 しかし、柔らかくて暖かい風に抱擁されたかのような、ほのぼの感たっぷりの図書室の雰囲気は一瞬で断ち切られることになる。

「すごい特技だけど、それを披露できるのもあと1ヶ月だよ」

 何も考えずに口に出した言葉が、さっきまで穏やかだったこの空気感を少し重苦しくさせたのだ。
 外は晴れているのに図書室だけは曇天のような雰囲気。”どんより”というよりは”ずん”とした感じだ。

 何か変なことでも口走ってしまったか、向かい合って座っている彼の表情もどこか固い。

 なんか嫌だな。

 心の中がもやっとする。

 突然目線を下げて黙り込んだ成瀬くんは、呟くように言葉を発した。「先輩、本当に卒業するの?」と。

 もちろん私はこう答える。

「当たり前でしょ。もう少しで卒業して、晴れて大学生になるよ」
「大学生か、いいなぁ」
「成瀬くんがあの大学教えてくれて本当助かったよ」

 私は高校卒業後、4年大の文学部に入学する。

 最初はさして具体的な将来の夢も無くて、当たり障りなく近くの女子大に行こうと思っていた・・・が、最終的には成瀬くんが教えてくれた家から電車一本で通える男女共学の大学に行くことにしたのだ。

 決め手は新たに建てられた大きな図書館が今年開館されるから、ただそれだけである。

 全国的にも有名なマンモス校だから家族や先生も喜んでいたし、今は司書の資格を取ろうかと結構具体的な未来ビジョンを作っているところだ。