【完】それは確かにはちみつの味だった。


 
 人前で喜怒哀楽を見せるのはやはり苦手である。作った笑顔だってどうしてもぎこちなくなるし、怒った時は黙るタイプだ。

 心の中でうんうんと自問自答している私に成瀬くんは「でも」と口を開く。

「先輩も結構分かりやすいと思うけど」
「なんの話?」

 話の意図が掴めない。

「ぴーちゃん先輩も、よく表情コロコロ変えるよねっていう話」

 私は首を傾げた。

「え、どうして?よく友達にも何考えてるのか分からないって言われるけど」

 そう尋ねると彼は「俺は知ってるよ。すっごい分かりやすいもん」と得意気な顔で笑う。

「例えば本を読んでる時。今どんな場面を先輩が読んでいるのか顔を見てたら分かるよ」

 緊張して顔が強張っている時は戦闘シーンや推理中かなとか、恥ずかしそうに顔を赤らめる時はキスシーンとか愛を伝え合っているところだろうとか。悲しそうに眉を下げている時はきっと誰かが亡くなったんだろうなとか。

 そう続けて、最後に「側で見てて凄い面白い」と、口角を上げた。

「・・・全然気づかなかった」
「あれ、少し照れてる?」

 うん、と私は小刻みに頷いた。

 そんなにずっと私は成瀬くんに見られていたのか、と少々小っ恥ずかしくなる。

 変にぼーっとして何も考えていない時とかあるけれど、その時は間抜けな顔で涎でも垂らしていなかっただろうかと過去を振り返ってみるがもちろん自覚すら無いのだから無意味に終わる。

「読書にのめり込んでる時なんか、俺が話しかけても無視されるから」と彼は肩を揺らす。ごめんなさい、と机に突っ伏すように頭を下げた。

「よく成瀬くんは人を見てるんだね」
「それは違うよ。ずっと先輩を観察してきた俺の特技」

 随分マニアックな特技だね、私も成瀬くんにつられるように笑った。