キミを描きたくて

それから次の日の講義は、何も耳に入らなかった。
依茉ちゃんに会う口実が、もう僕にはない。

"将来精神科医を目指しているから、今のうちに人の悩みを聞ける人間になりたい"。

そんな会う口実も、使い古されてしまった。


「阿部くん、元気ないね」

「店長…まあ、色々あって」


店長は、依茉ちゃんと僕の関係をよく知っている。
何度だって、この店を辞めようとした。

でも、どうしても、依茉ちゃんの真剣な顔が脳裏から離れなくて。
兄が家に帰ってこなくなって絶望した依茉ちゃん、そんな兄を想いながら絵を描き続ける依茉ちゃん、その絵の推薦で高校に受かった依茉ちゃん。

どんな依茉ちゃんも、僕は見てきたつもりだった。


カランコロン。そうまたドアベルが鳴る。
目を向けると、僕の心も高鳴った。


「いらっしゃいませ。…って、依茉ちゃん…と、お友達?」


地獄に突き落とされた気分だった。
僕は、こんなにも依茉ちゃんで沢山なのに。

依茉ちゃんには、僕の知らない誰かが横にいて、僕の知らない顔を向ける相手がいる。

…僕なんて、彼女にはデッサンの相手でしかないんだ。