キミを描きたくて

もうきっと私は、紫月くんから逃れられることはないだろう。
いつか消えた時、こんな顔だったって思い出して、その顔から溢れる愛情を思い出して。

目を閉じて、ため息を着く。

スケッチブックというものがある限りは、逃れることなんてできないんだろう。


「私はもう、誰も描けないんだと思う」


隼人くんという傑作を描いた今、もう私は人を描きたいという思いが出てこない。

彼以上の人物画を、私は描けるだろうか?


「…俺は、ダメなんだね」

「きっといつか、スケッチブックに描く。それくらいでしか、私は人物画を描けない」


人物画を描きたいと思えるほど、私は今の紫月くんに想いが出てこない。

初めて一目見たときは、ビビッときたけれど。

今の紫月くんには何も感じない。
きっとそれは、彼のどす黒さに気づいてしまったから。

囲まれていた頃ほどの、輝きは今はないから。


「…樹って人は、どんな人なの」

「言葉で表せないくらい、とても素敵な、そんな人」


どうも紫月くんに、兄のことを伝える気は出なかった。
兄を失った頃の私を知ってる隼人くんには、話そうと思えたけど。

美桜ちゃんと紫月くんには、なんとなく話そうと思えなかった。

別に、知らなくたって、紫月くんには関係の無いことだし。

逃げられないと理解した今、もう私には、関係を治すこと自体諦めることしかできないんだ。