キミを描きたくて

「依茉は、誰が好きなの」


誰が好きか。
好きという感情は私にとってとても曖昧なもの。

好き、なんて感情はあくまで一時的なものでしかない。
兄が私を愛していたあの気持ちも、もう今では失われてしまっただろう。

紫月くんの私への異常な愛も、きっと今さえ耐えればそのうち消え失せる。
そう、いつかは消えてしまう感情なのだ。


「…樹、かな」


そう、きっといつかは消えてくれるから。
兄が帰ってくる不安も、兄を思い続けた時間の記憶も、きっと薄れていってくれるはずだから。

だから、私は今は樹が1番。

それでいい。

いつかはきっと、樹にも良く似合う女性が現れて、妹なんて存在頭から抜け落ちてしまうはずだから。

だから、だから今だけは、樹への思いを、私は覚えていたい。


「ふーん、そっか、俺じゃなかったんだ」

「…女避け、って言ったの、そっちだよ」

「堕とされたのかもね、依茉に」


そう笑うと、ねえ、とか細く声を出す。


「…俺も、生きてるうちに描いてよ」

「描かないよ、紫月くんは」


だって、断ったじゃない。
私に描かれることを拒んだ、初めての人だから。

きっと、こんな顔だったなって思い出す程度の人でいて欲しい。

私は今描いたら、いつか消えた時、立ち直れなくなってしまう。