「はぁ〜、気持ち良い〜」

広々とした檜風呂の中で、雛子はのびのびと手足を伸ばしてこの世の極楽を堪能する。

「それにしても、アンタって本当にお子ちゃま体型ねぇ〜」

ここの旅館では、本館に十種類以上の趣の違う浴場が用意されている。大浴場以外は比較的こじんまりとした風呂であり、ここは今この四人で貸切状態だ。

「もうっ、篠原さんってばすぐ私のことをまな板だのドラム缶だの〜!」

「……雛子ちゃん、自分で言ってどうするのよ……」

何だかんだと言いつつも、こうして仲の良い友人達と一緒にわいわい風呂に入るのは楽しかった。

(こんな経験したことなかったから、何か良いな……)

そう考え、ふと思い立つ。

(あれ、そう言えば何で初めてなんだろう……。海に行った時も、私だけ水着にならなかったし)

何か引っ掛かる。理由があったような気もするが、何故だかそれが思い出せない。

「もう、気にすることないよ雛子。それともまた逆上せたの?」

「あ、ううん。大丈夫」

心配する夏帆に、雛子は笑ってみせる。それでもなお、親友は雛子の体調を気にしているようだ。

「そう? でも具合悪くなったら無理せず言ってよ? あんたただでさえ病弱なんだからさ」

「病弱……」

夏帆の言葉にピンとこず、雛子は不思議そうにそのワードを反芻する。夏帆は雛子だけに聞こえるよう、声のトーンを抑えた。

「……隠してるつもりかもしれないけど、雛子よく何かの薬飲んでるでしょ」

「……くすり??」

そうだっただろうか。夏帆にそう言われ暫し考えるも、何故か頭に靄がかかったように思考が纏まらない。

「まぁ、言いたくないなら言わなくて良いけどさ。本当に体調は大丈夫なんだよね?」

念を押され、もう一度思考を巡らせる。特にどこか不調なところもなく、雛子はきょとんと首を捻る。

「……うん、大丈夫だよ?」

その答えに、夏帆はようやく安心したような笑みを見せた。

「よし、次行くわよ、次!」

舞の掛け声で、皆一斉に湯船から上がり、下着を身に付け浴衣を羽織る。

その際も、雛子は自分の身体にどこか違和感を覚える。

(薬なんて……私、飲んでたっけ?)

何かが変だ。何か、忘れている気がする。どことなく腑に落ちない気がしたが、その違和感の正体が分からない。

(気にするのはやめよう。せっかくの楽しい旅行なんだから)

自分で自分にそう言い聞かせる。



それに、忘れてしまうということは、その程度のことなのだろう。