「桜井さん助かりましたぁ。ありがとうございます〜」

二人でステーションに向かって廊下を歩きながら、雛子は恭平に礼を言う。恭平は何を考えているか分からない表情でただ前を見ていた。

「雨宮」

ドキリと心臓がなった。

こうして苗字で呼ばれる時は、大抵何かやらかしている時と相場が決まっていたからだ。平素から表情が乏しい恭平が完全なる無表情になっている場合、とてつもなく機嫌が悪い可能性が高い。

「お前な、もういい加減、患者の上手いあしらい方くらい覚えなさい」

「うぅ……す、すみません……」

ピシャリとニベもなく叱責され、雛子は謝罪する。

「でも……桜井さんが助けてくれて嬉しかったです……。ありがとうございましたっ」

あの時恭平が来てくれなかったら、何時まで経ってもあの部屋から出られそうになかった。病室のドアから恭平が顔を覗かせた時、雛子には彼が王子様のように見えたのだ。

「はぁ〜……」

恭平は一つ溜息を吐くと、ポンと一回、雛子の頭に手を乗せてから足早にステーションへと向かった。片手で口元を覆っており、やはりその表情を窺い知ることは出来ない。しかし。

「何か桜井さん、顔赤い……あの、大丈夫ですか? 熱でもあるん」

雛子が言い終わる前に、がしっと思い切り頬を手のひらでプレスされた。

「……いひゃい」

「ったく本当に……」

恭平は飽きれたように再度溜息を吐く。

「お前は、俺がいないとダメだな」

「っ……!?」

今度は、雛子が顔を真っ赤に染める番だった。

(し、心臓が……持たないっ……)

「……プリセプティってこんなに可愛いもんなんだな、うん」

一人納得して頷く恭平の後ろを、必死に心を落ち着けながら着いていく雛子だった。