「ちょっとこれどうなってんの!?」

火野崎が額に汗を垂らしながら走ってきた。直前まで別件のオペに入っていた火野崎は、未だにこの事態を把握しきれていないらしい。

「すぐ治療に当たって欲しいって連絡来たかと思えば……あ、鷹峯君、内科の君は呼ばれてないだろう? あっちへ行ってなよ」

彼は鷹峯を見つけると、嫌そうに顔を顰めながら通り過ぎようとする。

「……彼女が第一優先です」

鷹峯の声に、火野崎は剣呑な顔つきで足を止めた。

「……しかし貴方にはオペできません。私が執刀します。貴方は他の患者の治療に当たって下さい」

「はぁっ!? な、何でだよっ!!」

はっきりとそう宣言され、火野崎は顔を真っ赤にして憤慨した。

「お、お前何を偉そうにっ……! それに今は内科医だろう!? 何年もオペしていないお前なんかにできるわけっ……」

あれこれと理由を並べ立てる火野崎に、鷹峯は鋭い瞳を向ける。

「彼女の既往は特殊です。当院(ここ)に彼女のカルテはない。でも、私の頭の中には残っています。……私は過去に、彼女のオペ経験がありますから」

火野崎と恭平が同時に目を見開いた。

「既往も分からずオペしたら大変なことになりますよ。貴方、責任取れます?」

馬鹿にしたような鷹峯の言葉に、火野崎は悔しそうに歯軋りをした。今回襲われたのは雛子を除いて皆、外来受診や入院中の患者だった。主治医が院内におり、カルテさえ見れば既往も分かる者ばかりだ。

「くっ……今回はこういう状況だからな、特別だぞっ!! ……あの時と同じだ、後でどうなっても知らないからな」

二人のやりとりを、恭平は怪訝な表情で見つめていた。鷹峯は気にするなとばかりにそんな彼の肩に手を置く。

「さて、桜井君。そういうことですから、後は我々に任せて下さい」

「あ、ああ……雨宮を、頼む」

鷹峯はいつも通りの飄々とした笑みを返す。

「ええ、当然です。さぁ、雨宮さん。行きましょうか」

ストレッチャーが動く。鷹峯と、オペ室の看護師が雛子を運んでいった。