The previous night of the world revolution6~T.D.~

「なら、せめて電話だけでも掛けさせてくれないか」

「電話…?」

「さすがに、いきなりバックれるのは…。今の店は、本当に生活に困ってたとき、俺に同情して雇ってくれたようなものだから」

勿論作り話だが。

そうでも言わなければ、電話一本すら、掛けることを許されなさそうだったので。

本当は、今夜だけでも出勤して、退職証明書に記入を…とか言って。

今夜だけでも、『black sacrifice』に赴く理由を作りたいところだったが。

ヒイラのこの様子じゃ、それは許されそうにない。

電話一本でさえ、この懐疑的な顔なのだから。

電話さえ許されなかったら、別の方法を考えなくては…と。

思っていると。

「…分かった。じゃ、今すぐに電話して良いよ」

ヒイラは、笑顔を取り戻してそう言った。

成程。

電話しても良いけど、自分の前でやれよ、と。

「今は昼間だから、店に誰もいないかもしれない」

暗に、後で自分一人になったときに掛けると言いたかったのだが。

「試しに掛けてみれば良いじゃないか。善は急げって言うだろ?」

あぁ、そうかい。

やっぱり、自分の前で掛けて欲しいんだな。

つまり、まだ俺がスパイではないかと疑ってる訳だ。

完全にシロだとは思ってない。

そもそもこの男は、誰もを信用している振りをしながら。

本当は、誰一人信用していないのだ。自分以外は。

…孤独な奴だな。

「そうだな。じゃあ、今掛けてみるよ」

舐めるなよ、俺の用意周到さを。

この窮地でも、監視されながらの電話一本でも、今の状況を伝えられるよう。

しっかり準備しておくのが、スパイの嗜みというものだ。

俺は、こういうとき用の、予備のスマートフォンを取り出した。

いつもヒイラ達との前で使っているのと、同じ機種、同じスマホケースに入っているが。

実は、別のスマートフォンだ。

さっき俺は、昼間だから店には誰もいないかもしれない、と言ったが。

『black sacrifice』には、俺の身に何かあったときの為に、常に『青薔薇連合会』の息がかかった誰かが、駐在している。

だから、俺が電話を掛ければ、誰かが出るはずだ。

しかし。

「…駄目だな。やっぱり誰もいないみたいだ」

30秒ほどコールしても、『black sacrifice』に待機しているはずの構成員は、誰も出なかった。

そういう約束をしているからだ。

このスマートフォンの電話番号で掛けた場合、誰も出るな、と伝えてある。

だから、誰も出ない。

そして、この電話番号から掛けるときは、何かしらの緊急事態が起きた、という符丁でもある。

今頃『black sacrifice』の駐在員は、何事かと動揺していることだろう。

誰かは分からないが、申し訳ない。