1章 はじまり

僕は高校2年生が終わるのと同時に、親の都合で見知らぬ街に引っ越すことになった。学校では友達という友達などいなかったしいい思い出も特に無かったので、何も気にすることなくこの街に引っ越してきた。


新学期、僕は中学生の頃と変わらずいつも通り朝ごはんを食べ、制服に着替えて登校する。新しい制服だからか、少し緊張してしまう。学校に着き、自分のクラスを確認し席についた。周りには知らない人ばかりだが、そんな事は関係ない。中学生の頃も自分から話しかけようとも思わなかったし、話しかけられる事なんてほとんど無かった。高校生になってもなにも変わらないのだ。僕はいつも通り、持ってきていた小説を手にし読み始めた。

ホームルームが始まるのと同時に、後ろのドアが勢いよく開いた。そこには息をきらし、登校初日から制服を着崩している彼女がいた。
「旭日、登校初日から遅刻か。」
「ごめんなさ〜い!重い荷物持ってたおばあちゃんが大変そうだったので手伝ってました〜」
彼女はほんとに悪いと思っているのかと思うくらい軽い謝罪で終わらせた。どうせおばあちゃんを助けたっていうのも嘘なんだろう。
「まあいい、早く席につきなさい。」
「はーい」
他のクラスメイトは笑っている。僕は読書に集中していて気がつかなかったのだろう。僕の隣の席は彼女だったのだ。彼女はこちらに歩いてきて席に座り、溜息を吐いている。
ホームルームが終わり、1限目の授業が始まった。
僕は授業とかそんなに真剣にやる方ではないが、高校最初の授業なので真剣にノートを書いていた。すると突然、机を優しく叩かれ、僕は動かしていた手をとめる。
「何?」
「申し訳ないんだけど、消しゴム貸してくれない?用意したつもりが家に忘れてきたっぽいんだよね」
僕は中学校で消しゴムとか貸したことなんてなかったから少し戸惑ったが、消しゴムを渡した。彼女は笑顔でありがとうと言い真剣にノートをかき始めた。
僕も再びノートをかき始めた。1限目の授業が終わり僕は次の授業の準備をしてから本を読み始めた。本を読みながらみんながワイワイ笑っている声が聞こえてくる。皆、初日なのに仲良くなるのが早いなと思いながら本を読んでいた。時間を確認する為に顔をあげると教卓の周辺でみんなが戯れて楽しそうに話している。よく見てみるとその中心には隣の席の彼女がいた。彼女が話すと周りの人達が笑う。彼女は僕とは全然違う。今までもクラスの中心にいる女子はいたけれど彼女はなんというか、今までの女子とは違う。誰からも好かれ、とても明るい人だ。僕とは真反対な人なのだろうと思った。僕は彼女とは逆に人と関わることに無関心。笑った事なんて滅多にない。


高校初日で疲れたのか学校が終わる頃には寝そうになるのを我慢することで精一杯だった。帰りの準備をして帰ろうとした時に声をかけられた。
「ねえ、」
僕はゆっくりと振り返り、
「何?」
と返した。彼女はハハと笑ってから言った。笑うとこなんてあったのかと思ったが言葉には出さなかった。
「これ、消しゴムありがとね!返すの忘れてて今気づいたんだ。あぶなかった〜」
彼女は笑顔でそう言った。僕は消しゴムを受け取って筆箱にしまった。
「じゃあ。」
とだけ言って帰ろうとすると、
「ねえ!今から何か用事ある?」
いきなりそんな事を聞かれ、驚きすぎたのか自分でも分かるくらい目を見開いているのがよく分かる。
彼女は笑っている。
「なさそうだね!じゃあちょっと付き合ってよ!」
僕は驚き、急いで断ろうとしたが彼女は僕の手をひき前へ前へと進んでいく。僕はついて行くことしかできず戸惑いながらもついて行った。彼女は学校から少し離れた小さな公園に入りブランコに座った。僕はどうすればいいのか分からず、彼女の近くに立っている。
「なに突っ立ってるの!もう1つブランコあるんだからブランコに座りなさい!」
と言い、僕は言われるがままにブランコに座った。僕は勇気をだして言った。
「どうして僕をここに連れてきたの?」
少し間が開いてから彼女は笑いながら答えた。
「なんとなくー!!ハハハ」
「な、なんとなく...」
どういうことか分からず黙っていたら彼女はブランコから降りて僕の目の前に立った。なんだろうと彼女を見ると、
「私、旭日陽菜!あなたは?」
「え、あ、えっと、相月結弦です。」
いきなりの事で驚いたが勢いで答えてしまった。
「相月くんかぁー!苗字に月が入ってるんだね!私は名前に太陽の陽が入ってるんだ!」
「そうなんだ。じゃあ僕達は正反対だね。」
「ええー?そうかな。逆に月と太陽ってなんか似てない?」
「そうかな。」
月と太陽って似てるのか、と思いながら聞いていた。
「月ってさ太陽の光があるから光ってる訳じゃん?じゃあさ、私が君を光らせてあげる!」
彼女は夕焼けを背景に勢いよく僕の方へと振り向いた。
「何を言ってるの」
いきなり変なことを言い出すもんだから驚いた。
「だから!私が君を光らせてあげるの!休み時間見てたんだけど君、本しか読んでないじゃん!せっかくの高校生活、本だけで終わるってつまらなくない?」
確かに3年間本だけで過ごすのはつまらないだろうけど今までもこうしてきたので馴れている。つまらないといっても他にする事なんてないからどうしようもできない。
「別に、慣れてるから。」
「ふーん。まあいいや。これから覚悟してなさい!」
彼女は満面の笑みで僕を指さした。
何が何だか分からなかった。頭の中はハテナマークだらけだ。そんな僕をみて彼女はまた笑い始めた。
「君面白いね!これからよろしく相月くん!」
「え、」

「よし帰ろっか。ごめんね強引に引っ張ってきて。私こっちだからまた明日ね!ばいばい!」
彼女と別れてから僕は話についていけず、ただ呆然としながら家まで歩いているだけだった。よろしくって何をよろしくされるんだろうか。僕には分からない。彼女の言葉はよく分からない。「私が君を光らせる」って何なんだ。いつの間にか家についていた。今日はもう疲れたから考えるのはやめよう。お風呂に入って寝ようとベッドに入った。
「月と太陽か...」
僕は何故だか声に出してから目を閉じて眠った。



*         *        *  
次の日、僕は何事も無かったかのように自分の席に座り読書をしていた。ホームルームが始まったが隣の席の彼女はまだ来ていない。またおばあちゃんでも助けているのだろうかと思っていると、昨日と同様に勢いよくドアが開いた。
「旭日また遅刻かー?」
先生が呆れている。だか彼女は
「アハハハ、すみません」
と笑っている。彼女はヘラヘラしながら席に着いた。カバンから携帯を取り出しこそこそと何かを調べている。こんな状況でも携帯を使うなんて凄いなと感心している反面この状況でなにをそんなに調べたいのか気になった。僕は横目でチラチラ覗く。自分でも人の携帯を覗くなんて何をしているのかと自分に呆れてくる。だが少し見えたのは【花 ピンク】という文字。画像検索して何やら探しているようだ。突然画面が真っ暗になり、彼女を見ると、
「相月くんどうしたの?授業始まるよ?」
と話しかけられた。
「あ、あぁ。」
僕は慌てて返事した。周りのことが見えないくらい人の携帯を見るのに集中していたなんてもっと自分に呆れてくる。気を引き締めて授業に取り組んだ。授業が残り10分くらいになり、一息つくと同時に横から小さく折り畳まれた紙が置かれた。なんだろうと彼女をみると「みて」と目で訴えてきてる感じだ。僕は渋々紙を広げた。そこには「今日の放課後空いてる?寄りたいとこがあるんだよね〜♪」と花柄の紙に書いてあった。僕は紙の空いている所に「まあ、空いてるけど。」とだけ返事をし、メモ帳を渡した。ここで嘘をつくのも悪いと思ったので正直に答えた。紙は直ぐに返ってきた。「やった!なら今日の放課後校門で集合ね!」と書いてある。僕に断る権利は無いのかと思ったが少し付き合うくらいならいいだろうと「わかった」とだけ返事をした。彼女は返事を読んだ後すぐに顔を上げて嬉しそうな顔でこっちを見てくる。僕はそんな彼女をみて笑みが零れてしまった。そんな僕を見た彼女は驚いたような顔で僕を見ていたが、驚いたのは僕もだ。ここ数年笑う事なんて無かった僕が笑ってしまうなんて、と自分でも驚きを隠せないでいる。それと同時に授業の終わりのチャイムが鳴った。恐る恐る隣の彼女を見てみると、目をキラキラ輝かせながらこっちを見ている。
「な、なに。」と引き気味に聞くと、
「いや〜?相月くんもそんな風に笑えるんだなーって思って。これも私のお陰だね〜」
彼女は嬉しそうにして言ってくる。そんな彼女を僕は後にして次の授業の準備をする。彼女は「も〜」と不貞腐れてる感を出すが声のトーンで分かる程彼女は嬉しそうだ。彼女も次の授業の準備をしているが何となく鼻歌が溢れている。それからの彼女はずっと御機嫌だった。