「さっきまで市ヶ谷さんがいらしていたんですよ。」
祖母の近くで庭の手入れをしていた介護士さんが言うと、祖母は少女のような柔らかい笑みを浮かべた。
「市ヶ谷さんというのは、私の恋人でね」
「そうなんですか。素敵ですね……」
「ええ、とても素敵な人なのよ。 昔結婚の約束をして、それは叶わなかったのだけど
それでも今一緒に居れて、孝守さんと一緒に居れて本当に幸せなの」
幸せそうな笑みを浮かべる祖母の顔に嘘の一つもないから、またぎゅっと胸が締め付けられる。
きっと結ばれなくても、市ヶ谷さんと祖母は運命の相手なのだろう。
…けれど、その孫同士はどうやら運命ではなかったみたい。
伊織さんとの繋がりを’運命’という言葉、一言で片付けたくない。
だってその運命がなかったら、私達は絶対に結ばれていないみたいじゃないか。
市ヶ谷さんと祖母のラブストーリーがなければ、伊織さんとの縁を紡げなかったなんて思いたくない。
また伊織さんの事を考えて、祖母が羨ましくなる。 ぽろりと自然と右頬に涙がつたう。



