「そういえばさっき伊織さん百貨店でクッキー買ってましたよね。 甘いのが嫌いなのに珍しいですね」
「ああ、アレンセルトのクッキーな。
うちとは違って高級店で百貨店にしかお店を出していないレアなクッキーらしい」
アレンセルトはクッキー専門の高級菓子屋だ。 ボヤージュは庶民的なお店だけど、伊織さんの言う通り百貨店などにしか出店していない。
だから手土産などで貰うとすごく喜ばれる。 私はボヤージュの庶民的なクッキーの方が好きだけど。
てっきりどこかへの手土産で持っていくのかなと思いきや、彼はにこにこと笑ったまま口を開く。
「君の友人に頼まれたんだ」
「え、桃菜に?」
「ああ、ボヤージュのお菓子も好きなんだがアレンセルトのクッキーが大好物らしい。
買って来てほしいと頼まれたから、買ったんだ」
サーっと血の気が引いていく感じがした。 どこまで図々しいのだろう。
居候をしてからずっとそうだ。甘えた声を出して生活に必要な物を伊織さんに強請る桃菜には、いい加減堪忍袋の緒が切れそうだった。



