直江(なおえ)くんの写真って、いつも死ぬ間際の人間が撮る写真みたいでわくわくするんだよね」


 彼女は学習段階で何らかの支障を来し、擬声語のオノマトペを習い損なったんです。そんな説明がドラマなら隣から名前も知らないモブキャラが告げ口し、もう一言多いのよ、と彼女自身が訂正する。視聴者がそこで初めて彼女という存在を認知し、一筋縄ではいかない言わずと知れたミス慶南に選ばれる美女、と着地したところで惚けた主人公の自分がクローズアップして輝かしいオープニング、冴えない男と美女とのラブストーリーが開幕するのかもしれない。

 現実にそう言ったドラマ仕立ての運命がテロップや効果音、それから音楽をつけて躍り出てくれたら何事もわかりやすいのに、そうは叶わず。故にひとりでに脳内で繰り広げた挙句、大学構内で声をかけてきた後の彼女・秋月(あきづき) (より)の押しに押されるがまま人生は好転して、そこから後転した。











 写真を撮るのが趣味で、こだわりはポラロイド。その場ですぐに姿を現してくれるのがいい。でも時にモノクロプリントの為の暗殺で眠りたい、無意味にあの場所に逃げ込むのは心の小休止になる。そんな事を溌剌と、全てを捧げた彼女を信頼し過ぎて告げてから、48時間も経たないうちに後悔した。


「先輩、自分が全てをさらけ出している人間は崩れなくて、強かで、それから弱音が見えなければ自分に一番寄り添ってくれるって勘違いしてませんか」


 そうニヒルに笑ったのは同じ大学の後輩の沖瀬(おきせ)で、その時自分は曖昧に笑っていたと思う。先輩風を吹かせるのは苦手で、指摘に対して真摯に答えるのは何かが違うと思っていた。後に気がつく。何かが違うと怯えて協調を主張したつもりで実は、人間と真正面から向き合うことが面倒くさかったのだと。


「そんなんだから彼女寝取られるんですよ、おれに」


 泣きついてきて押し倒されたんでそのままやっちゃいました、けど相手確信犯っぽいですよね、頭のいい女は嫌いです、だから今夜限りで。先輩のお古なんてごめんですし、そう、沖瀬は言っていた。

 世界にそつなく流通し日々をやり過ごす術を二十歳も越えたら自ずと人は身に付けるものだと思っていた。所詮自分の写真は自己満足と70億の極一部を揺るがすごく稀なマイナリストの余興に過ぎず、その不安定を擽っては背負ってやる責任も果たさない自己満足の巣窟だった。このマイナリストは造語で、後に調べると別の意味が出てくるので興味があったら調べてもらえるといい。




 自慰行為とも似ている。その都度感じた窮屈や感情をいつも写真にぶつけ、逃げていた。何の変哲もない信号機や電柱にとまる鳥、空、側溝、そして虫がやがて心の逃避行だったと知るのは、社会人になって、公衆の面前で上司に自分の不出来を怒鳴りつけられるパワー・ハラスメントを受けてからだ。