俺は彼女が、“もう昔みたいに俺のことをそう呼んでくれるなんて思っていなかった”んだ。
今更だよ。馬鹿にしてるのかって。狙ってるんじゃないかって。でも、涙がこみ上げてくるから。


「真広くん、迎えに来たよ」


目の前にしゃがんで目を合わせてきた、その声が震えていた。暗い部屋の中、月明かりに照らされた、スカートの上で固く握られた拳。

怖くて堪らないんだろう。今ここで牙をむく、心の壊れた化け物のような俺に、近づきたくもないくせに。


「バカ」


掠れた声で吐くように口に出して、分かった。
嫌な思いはしてほしくないと思っていたんだ。この子には。俺のせいで嫌な思いをさせるくらいなら離れた方がいいって。

でも今、俺は、俺に対して恐怖することも、一歩踏み込むことに躊躇するその姿さえも愛しいと思う。