転校生ーー水城真菜。
結衣は何故か、彼女をよく目にするようになった。登下校時の昇降口や教室前の廊下、休み時間のトイレーーなどなど、行くところ行くところで目撃していたのだ。最初は偶然だと思っていたが、一週間も続けば疑いたくもなる。なぜ彼女が自分に付きまとうのか、その謎が解けたのは週末、体育の授業の時間に行われた身体測定の時だった。
 進学コースは二クラスあり、体育の授業は合同で行われている。今回の体力測定では、短距離走に長距離走、走り幅跳びや高跳びなどが行われる。他の生徒と同じように、結衣も空いているところをまわっては測定していく。そうしていくつかの測定を終え、次に百メートル走に向かった。すでに列が作られているが、構わず並ぶ。二人一組で走るらしく、列も二列。そして、結衣が並んだ瞬間、駆けこむ勢いで隣に人影が滑り込んできたのだ。
「はぁ・・・」
 思わず溜息が漏れる。
横目で見やる一緒に走る相手はーー水城真菜だった。
「やっぱり気のせいじゃなかったのね」
「何が?」
 頭を抱える結衣に、水城が正面を見据えたまま呟く。
「私のことを、ここ最近、ずっとつきまとってたでしょ?」
「な、なんのこと?」
 あまりにも白々しい態度に、結衣はまた溜息を漏らした。
「まぁ、いいけど」
 気を持ち直し、顔を上げる。
「そういえば、あなた・・・関東では敵なしなんだってね」
「どうして・・・調べてくれたの?」
 水城の瞳が結衣に向けられる。『調べたの?』ではなく『調べてくれたの?』と言うところが引っかかるが・・・。
「一応・・・あんまりにもしつこいから・・・」
「そっか」
 水城が顔を背ける。耳が赤く見えるのは気のせいか。本当は、放課後に陸上部で走っているところを帰り道に外から見かけたからだ。転校して来てすぐに部活をやっているとなると、それが目的なのかと思ってしまうのは、特別顧問にあの人もがいることもあり、仕方がない。そして家のパソコンで名前を検索してみると、関東どころか全国の大会でも上位に食い込むほどの実力者だった。そして何よりも、結衣と同じ短距離種目百メートル走の走者だったのだ。
「そんな陸上界の期待の星が、こんな田舎になんで引っ越してきたの? 顧問があの人だから?」
「・・・から」
 水城が顔を背けたまま呟く。
「何? 聞こえないんだけど」
「別に・・・家の事情」
「ふぅ~ん・・・まっ、速く走るのに場所なんて関係ないしね」
「そのとおり。私はどこで走っても速いから」
「すごい自信だね」
「自信を持って走らなければ、一番にはなれない」
 正面を向いたその、自信に溢れた表情に、結衣は感心した。心の持ちようは、大事なことだ。前向きでいること、自信を持つこと、相手を負かす気持ち、自分こそが一番であるという気持ちーーそれらの心因的要素が、時には勝敗を喫することもある。
 ましてや短距離走ーーさらに言えば百メートル競走ともなれば、0.01秒の差が勝者と敗者の明暗を分ける。そして、その勝敗は、トップクラスであれば11秒ほどで決してしまうのだ。
 あらゆるスポーツのなかで最も速く勝負が決まり、最もシビアな競技。それが、百メートル競走。自分たち学生の競技者は、そのたった11秒の勝負に青春を懸けるのだ。
「そう言うあなたの名前も、関東まで轟いてた」
「昔の話だけどね」
 鼻で笑い、肩をすくめて見せるが、水城は乗ってこなかった。
「ねぇ、私と勝負しない?」
「勝負?」
 その言葉に、二人の視線が初めて絡み合う。いきなり何を言い出すのやら。
「勝った方が、負けた方に好きなことを要求できる」
 本当にいきなり何を言い出すのか、この転校生は・・・。
「私が勝ったら、つきまとうのもやめてくれるわけ?」
「うん」
「ぷっ・・・自白したわね」
 ジト目で見上げると、水城が「あっ!」と気づいたような表情をする。見た目はクールな印象を与えるが、中身はそうでもないらしい。水城がすぐに取り繕うように言う。
「そ、それで・・・やるの? やらないの?」
「ちなみに私が負けた場合は、何を要求してくるわけ? 正直、つきまとわれるぐらいなら無視すればいいだけだから、勝負を受ける必要があまり感じられないんだけど」
「うっ・・・」
 水城が呻き、何か考えごとするかのように俯く。そんな様子を見ながら、前に進む。次の走者の次が、結衣と水城の番だ。
「まぁいいわ。勝負してあげるから、早く条件を言って」
 その言葉が意外だったのか、水城がきょとんとする。だが、すぐに気を取り直し、
「じゃ、じゃあ・・・陸上部に入ってもらう」
「なっ・・・は、はぁ?」
 前の生徒がスタートし、二人が一番前に出る。記録用紙を担当に渡し、準備を整える。
「私、陸上部を辞めた身なんだけど」
 合図を見るために、正面を見やりながら結衣は言った。
「肩身が狭い?」
「今更って思っただけ・・・なんでまた・・・」
「あなたが負けたら教える」
 その言葉に、結衣はイラッとした。負けず嫌いの血が、ふつふつと騒ぎだす。
「・・・いいよ、分かった。でもーー」
 百メートル先で先生が合図を送る。それを見たスタート地点の先生が「位置について」と二人に向かって言う。
「あんたなんかに、負ける気はしない」
「上等。私も絶対に負けない・・・負けられない」
 二人はまるでそうすることが当たり前と言うようにクラウチングスタートの構えをとった。
 先生や後ろで順番待ちの生徒たちがどよめく。だが、そんな喧騒など、二人の耳には入らない。二人とも、とっくに自分の世界に入り込み、集中しきっていた。その表情の凄みに先生も何も言わず、「よーい」と手に持っていた白い旗を持ち上げる。
 腰を上げ、ゴールを見据える。そして、先生が旗を振り下ろすと同時、二つの風が舞った。
 手を抜く気はない。だが、全力で走る気もない。それでも負ける気はしない。スタートダッシュは互角。肩と肩とが並び合う。だが、コンマ数秒分、水城の方が前に出ていた。
(速いっ!)
 しまった、と思った時にはもう遅かった。水城は最高速を保ったまま、速度がまったく落ちないのだ。追いつける。追いつけるが、その前にゴールしてしまう。百メートルという距離のなかで、前に出ている相手を追い抜くというのは、それ相応の力の差がなければならない。力に差がなければ、このわずかな距離さえも埋まらず、それどころか抜くこともできないのだ。
(こ、のぉ!)
 今更ながら本気で走る。差が縮まっていく。だがーーあまりにも遅かった。

「じゃあ、陸上部に入ってもらうから」
 思った以上に息を切らす結衣に、同じく息を切らしながらも平然としている水城。
 記録用紙を受け取った水城の背中を見つめながら、結衣は歯噛みした。
(くそっ!)
 受け取った記録用紙を掴んだまま握り拳をつくると、用紙がくしゃくしゃになる。そこに記されている記録は、水城のそれよりも遅かった。その事実が、結衣には悔しくて堪らなかった。
(悔しい・・・?)
 それは、久しい感覚。柑奈が倒れて以来、誰とも競い合える相手がいなかった。結衣にとって陸上競技とは、己のタイムを縮めることではなく、誰かと競い、勝つことにある。だから、結衣にとっては、記録用紙に書かれたタイムなど、どうでもいい。それよりも何よりも、水城真菜に負けたことの方が、百万倍も悔しかったのだ。
「ねぇ」
 呼びかけにハッとし、顔を上げると、水城がこっちを見つめていた。
「私のことを、思い出してくれた?」
「え?」
 言っている意味が理解できなかった。
「私のことを、覚えてない?」
 無表情のなかに覗き見える、すがるような瞳。だけど、結衣の記憶に水城はいない。
「・・・知らない」
 結衣の言葉に、水城の目がわずかに見開かれ、それから落胆するかのように目を伏せ、
「そう・・・」
 それだけ呟き、去って行った。その背中を見つめながら、結衣はどれだけ思い出そうとしても、彼女のことなど覚えてはいないのだった。

 陸上部に入ると約束したが、守るとは言っていない。屁理屈だろうが何だろうが、入る気はない。ホームルームが終わると同時に、結衣は鞄を持って立ち上がり、教室を出た。
「あっ・・・」
「あっ!」
 一番会いたくない人物に面と向かって出会ってしまった結衣は、すぐに廊下を蹴った。
「ちょっ、待っーー」
 制止の言葉を無視。結衣は伸ばしてきた水城の手をかわし、廊下を走る。
「待ちなさい!」
 声が追ってくる。振り向かなくても分かる。だが、止まるわけにはいかない。
(冗談じゃない!)
 彼女が手に持っていた一枚の用紙。その用紙には、結衣の見間違いでなければ、『入部届』と書かれていた。捕まったが最後、名前を書かされて入部させられてしまう。それはイコール、放課後の時間を奪われること。つまり、柑奈との時間がなくなってしまう。
(くっ! 速い!)
 一階まで下りた結衣は、昇降口に向かった。昇降口に辿り着くと、途端に水城が姿を見せなくなった。怪訝に思うも、すぐに靴を履き替えなければならず、頭がまわりきっていなかった。昇降口を飛び出し、駐輪場に向かうーーのだが、
「なっ!」
 結衣は走る勢いを殺して立ち止まる。自分のクロスバイクの前に、水城が立っていた。靴は内ズックのまま。つまり、途中の渡り廊下から外に出たのだ。
「先回りなんて・・・卑怯よ!」
「約束破って逃げておいて、どの口が・・・」
 指さす結衣に、水城がさすがに呆れ顔をさらす。
「それよりも、これに名前を書いて!」
 水城が手に持っていた入部届を突き付けてくる。
「ってか、あんたって本当に、何なの?」
 これは結衣にとって、本当に純粋な疑問だった。水城はなぜ自分を知っているのか。なぜつきまとうのか。そして、なぜ陸上部に入部させたがるのか。本当に、分からないことだらけなのだ。
「なんで私に付きまとうわけ。私のこと知ってるみたいだけど、私はあんたのことなんて知らない。ねぇ、どこかで会った? それとも、一方的に知ってるだけ? 私は、そこをはっきりさせてほしいの」
 水城が顔を歪める。まるで、手に持っているそれを握りしめてくしゃくしゃになってしまっている入部届の用紙のように、ひどく複雑な表情を浮かべていた。
「私は・・・私のことは・・・あなたが、自分で思い出して欲しい・・・」
「やっぱり、知り合いなんだ・・・」
 水城が無言で頷く。
「私が転校してきた理由」
 そう言って、くしゃくしゃになった入部届を突き付ける。
 その行為の意味が分からず、結衣は眉を寄せた。
「親の都合なんかじゃない。転校は、私の意志。私は、あなたと走りたいの」
「え?」
 驚いて、水城の顔を見る。彼女は、本気の本気だった。絶対にぶれない、目を逸らさないぞと気迫が感じるほどのまっすぐな視線に、目が逸らせなくなる。
「最高の舞台で、最高のコンディションで、私は本気のあなたと走りたいの。だから、陸上部に入ってほしい。じゃないと、インターハイには出られないから」
「・・・インターハイ」
「そう。約束したけど、できればあなたの意思で入って欲しい。そうしないと、あなたは本気になってくれない。だから、これは渡しておく」
 手に持っていた入部届をクロスバイクのカゴに入れ、水城が校舎へと戻る。
「私と・・・走るため・・・」
 本当に、一体あの水城真菜は何者なのか。
 それから五分ほど呆けていた結衣は、気を取り直し、クロスバイクに近づくと、カゴに入っていた入部届を無造作に掴んでぐしゃぐしゃに丸めて投げようしーーその手を止めた。
(ここで捨てたら、怒られるから・・・それだけ・・・)
 自分に言い聞かせ、結衣は丸まった入部届を鞄にしまい、学校を後にした。

 いつもより少し遅れた時間に病室に訪れた結衣。単純に水城に時間を割かれたのと、クロスバイクを漕ぐ足に力が入らなかったからだ。鞄を置き、いつもの所定の位置につく。布団をめくって足裏のマッサージをしながら、今日のことを話す。
「例の転校生、水城真菜ね。関東から引っ越してきたんだけど、彼女も陸上部の百メートル競走の選手で、中学のころから関東地方の大会では優勝総なめ、高校二年のインターハイでは優勝だって。すごいよね」
 立ち上がり、脹脛に移る。
「でね、一番驚いたのが、転校してきた理由・・・私と走りたいって言うんだよ」
 おかしいよね、と笑いながら話す結衣。
「彼女は私を知ってるの。でもね・・・私は思い出せないんだ」
 声のトーンが下がり、顔も伏せる。
「友達なんて、柑奈以外にいないのにね」
 そう言って、結衣は笑って見せた。だがその笑いは、先ほどとは違い、苦笑いだった。
 ここに来るまでの間、ずっと考えていた。どれだけ思い返しても、頭に浮かぶのは、柑奈だけ。柑奈以外には、友達呼べる存在などいないのだ。
 私には、柑奈だけなのだ。他には誰もいない。誰もいらない。
「それで、勝負することになったんだけど、負けちゃった。言い訳じゃないけど、まさか負けるなんて思ってもいなかったから、本気で走らなかったんだよね。そもそも、靴だって学校指定のやつだし、スターティングブロックだってないし、グラウンドだったし・・・でも、相手も同じ条件なんだよね。分かってる・・・水城真菜は、速い。それは、認めてあげないとね」
 本人が聞いていれば「上から目線で何を」と言われるかもしれないが。
「でもね、もし次に戦うことがあれば、絶対に負けないから」
 マッサージを終え、布団を戻し、鞄を手に取る。
 そして、ドアの前で振り返り、
「私の前を走っていいのは、柑奈だけだから」
 そう言って、部屋を後にした。

 週明け。午前の体育の時間は、グラウンドをまわる持久走だった。
 持久走が苦手な結衣は、ゆっくりと息を乱さない程度に走っていた。すると、その横に水城が並んで来たのだ。
「あなた、誰に習ってたの?」
「え?」
「体力測定での走り方。私と似てた」
「気のせいよ。私を指導してくれた人は、私が小学生のころから教えてくれてたの」
「今も?」
「・・・今はもう・・・誰の指導も受けていない」
 結衣に走りを教えてくれたあの人は、もうこの世にはいない。
「だったら、なおさら陸上部に・・・」
 水城の手が伸び、結衣の肩に触れようとする。それから逃れるように、結衣は足を速めた。水城の手が空を切る。
「私は戻らない。・・・戻れない。あの人に、会いたくないから」
「あの人?」
 これ以上は話す気にもなれず、水城もそれを感じ取ったのか、並ぶことなく後ろをついて走るのだった。

 噂をすれば影が差すーーそして、それは往々にして会いたくはない人物との鉢合わせをさす。
 体育の授業が終わり、校舎に戻ろうとした結衣に、ジャージ姿の女性が近づいてきた。
「吉田さん・・・」
「杏子さん」
 グラウンドで向かい合う生徒と顧問。結衣の前に立つ女性の名前は立花杏子ーーここ春江高校の陸上部の顧問であり、
「いつも、柑奈のところに来てくれてありがとう」
そして、柑奈の母親なのだ。弱々しい表情に、声音。高校生である子ども相手に、どこか贔屓目を感じているような態度。
「いえ、私が好きでやってることなので・・・用がなければ、これで」
「え、ええ、引き留めてしまったごめんなさいね」
「いえ」
 顔を背けるようにして振り返った結衣は、思わず足を止めた。目の前に、水城が立っていたからだ。だが、水城の視線は、自分ではなくその後ろ――杏子に向けられていた。
「立花コーチ」
「水城さん・・・」
 二人が視線をかわす。水城は陸上部に所属している。杏子を知っていても不思議ではない。だが、見つめ合う二人の関係は、傍目から見てもそれ以上に感じられた。
「あなたと立花コーチは、知り合いなの?」
 水城の視線が、結衣と杏子の間を交互に行き交う。
「私と吉田さんはーー」
「あなたには・・・関係ない」
 杏子の言葉を遮るように、結衣は言い放った。
「でも、私はーー」
「あなたには関係ないって言ってるでしょ! 他人がっ! 私と柑奈の間に入り込まないで!」
 クラスメイトが校舎に戻って誰もいなくなったグラウンドで、結衣は叫んだ。
 水城が後ずさり、ひどく悲しそうな顔をする。
「正直、ウザい」
 自分でも驚くほどに低い声が出た。
「もう・・・私に近づかないで」
 水城を横切る間際、そう言い放ち、歩き去って行く。
「私はっ!」
 後ろから叫び声が聞こえる。だけど、結衣は無視して早歩きになる。
「私は、あなたと走りたい! だから、絶対に諦めない!」
 早歩きから、駆け出す。
「諦めないからっ!」
 それ以上聞きたくなくて、結衣は走り出していた。

 その日はひっそりとやり過ごし、すぐに病院に向かった。手続きをして病室に入ると、そこでようやく落ち着けた。
「はぁ、疲れた・・・」
 椅子を引っ張り出し、腰を下ろす。
「今日、柑奈のお母さんに会っちゃった」
 眠り続ける柑奈に、杏子のことを話す。
「嫌いじゃないんだけど、今のあの人とは、どうにも面と向かって話せないんだよね」
 そう、嫌いじゃないのだ。柑奈の母親だし、むしろ尊敬している。目標ーーと言ってもいい。陸上に本気で打ち込み、高みを望む者にとっては、憧れの存在。だから、むしろ自分に対してあんな態度をとる杏子に、自分の中で描かれている理想像が汚されているような気がして、それが結衣には我慢できなかったのだ。
「また、陸上部に誘われたんだ」
 柑奈の枕元で、腕枕をして頭を横にする。すぐ目の前にある、柑奈の横顔。人工呼吸器に繋がれたその横顔も、気がつけば見慣れてしまっていた。こうしていることが、当たり前になってしまっている。
「一緒に走りたいって・・・」
 背中に感じた水城の叫び。本当に気にしていないなら無視できた。だけど、結衣は逃げるようにして走り去った。無視できない何か。心に入り込もうとする、水城真菜という存在。
 だけど、自分には柑奈がいる。柑奈がいれば、柑奈とーー。
「また、一緒に走りたいよ」
 昔のことが頭を過ぎる。
「柑奈、覚えてる? 私と初めて会ったときのこと」
 懐かしむように、目を細める。
「私は走る速さが自慢だった。女子では一番で、男子にだって負けなかった。誰よりも速いことが自慢で、私が唯一誇れることだった。それで、柑奈が転校してきた初日にした体育の百メートル走で私、負けたんだよね。すっごくショックだった。正直、泣きそうだった。・・・いや、陰で泣いてたっけ。それからだよね。毎日まいにち競い合って・・・楽しかったよね」
「・・・」
 ぴくっ、と視界の端に動くものが目に入った。その反応に、結衣は反射的に体を起こした。
(うそ・・・)
 見たものが信じられず、立ち上がって駆け寄る。ベッドの足下へ移動した結衣は、床に膝を付き、布団をめくった。露わになる、柑奈の白い足。気のせいでなければ、さっき足が動いていたのだ。今は動いていない。どうすれば確かめられるのかも分からない。何よりも、興奮しすぎて、頭がうまくまわらなかった。
(とにかく、七瀬さんに!)
 結衣は立ち上がると、足をもつらせながら、病室を飛び出した。