ここはとある伯爵家の屋敷の一室。

 部屋の主である伯爵令嬢のマニエルは気が気でなかった。本を読んでもちっとも頭に入らないし、刺繍をしようにも一向に手が進まない。窓から外を見ては来客が無いかを確認し、部屋の中を落ち着きなく歩き回っていた。

「お嬢様、少し落ち着かれて下さいませ」
「これが落ち着いてなんて居られるものですか。ルーエン様に変な虫がついているかも知れないのよ? 私のルーエン様に!」

 マニエルは諭してきた侍女をキッと睨むと、拳をぎゅっと握り締めた。

 彼女がこんなにも落ちつきをなくしている理由。それは、王宮で行儀見習いをしている友人に聞いた、とある噂話だった。なんと、マニエルの愛しの婚約者であるルーエンが、最近とある少女と親しくしているらしいと言うのだ!
 何でも薬草園に併設された花畑で最近働き始めた少女らしく、ルーエンと親しげに会話しているところが度々目撃されていると言う。

「お嬢様、手配中のポーションが届きました。けど、本当にやるのですか?」

 心配げな侍女に対し、マニエルは『ポーション』と聞いて目を輝かせた。
 マニエルはルーエンについた悪い虫を排除するためにはまず敵を知る必要があると考えた。そのために、最近市中に出回り始めたばかりの高級ポーションを入手したのだ。