自分の脳裏に浮かんだ言葉に、疑問が生まれる。
 また、とは何のことだ?どうして、そんな言葉が生まれるのだ?
 それと同時に、またあの靄が頭の中に表れる。思い出せない。これは、何なんだ?
 自分の知らないところで、何が起こっているのだ。

 「や、……矢鏡様?」
 「紅月、気がついたのか?大丈夫じゃないだろ?体、辛いよな?」
 「す、すみません……。少し風邪をひいたみたいで。喘息なんだと、思います」
 「おまえは、あと少しで死んでしまう。そして、それを紅月も知っている。………違うか?」
 「………ぇ………」


 紅月の表情が歪んだ。

 それは、痛みでもなく、驚きからくるものだと矢鏡はすぐにわかった。ずっと嘘をつき続けていた紅月が初めて見せた演技が崩れる瞬間。戸惑いだった。
 どうして、それを知っているのか、と問う表情だった。

 「………やっぱり、図星だったな」
 「矢鏡様、どうしてそれを……」
 「俺に教えてくれないか?おまえが俺につき続けていた嘘を」

 
 紅月は、目を見開いた後、ゆっくりと目を閉じた。そして、小さく息を吐き、苦しげに顔を歪めながらもゆっくりと身体を起こした。矢鏡は彼女の体を支えながらそれを助ける。すると、紅月は「どうして、バレちゃったんですか?」と、震える声でそう言葉を漏らした。
 彼女の瞳は潤み、すぐにでも涙が零れそうになっていた。

 
 「………これで最後だったのに。これで、もう楽になるはずだったんです」
 「紅月?」
 「それなのに、最後の最後の矢鏡様と結婚出来て、毎日毎日矢鏡様と笑い合って幸せに過ごせたら、私、死にたくなくなっちゃったんです。もっともっと一緒に居たくなってしまったんです」
 「一緒にいればいい。これからもずっと一緒だ。俺がおまえを死なせない、だから………」

 矢鏡は泣きじゃくりながら苦し気に言葉を吐き続ける紅月の肩に手を伸ばして、細い体を思いっきり抱きしめる。彼女の体は震えており、いつもより冷たい。けれど、彼女の香りである沈丁花は、いつもと変わらない。唯一変わらない香りが、少しだけ矢鏡を安心させる。