その時、地面に光るものが落ちているのに気づいた。自分の銀色の髪と同じように光る、母親の鏡だ。割れて粉々になってしまっている。そんな割れた鏡を見て、フッと昔の事を思い出した。

 母親は鏡の事を「カカメ」と呼んでいた。どういう意味なのか、と聞くと母親は優しく「カカは昔の言葉で蛇という言葉なの。だから、カカメは『蛇の目』という言葉。蛇神様をお祭りする時に鏡も一緒にお供えするの。カカメは、蛇神様の目のようなものだから。大切にしなければいけないのよ」


 そんな風に母が話していたのを思い出したのだ。
 鏡は蛇神信仰が盛んだったあの周辺の地域にとって、とても大切なものだったのだろう。蛇神の力が入っているとお守りのように大切にしていたはずだ。
 ならば、鏡に力があるはず。

 そう思ってからの矢鏡の動きは早かった。
 矢の先端にあった鋭利な石をほどき、その代わりに母親の割れた鏡の破片を自分の銀色の髪を切り落として括り付けた。
 先程から、妙に寒気がして苦しくなってきた。足も限界が近づいて、今にも倒れそうなほどだった。そして、目の前には矢鏡の気配に気づいた白蛇が木々を倒しながらこちらへ向かってきている。

 これが最後の機会。
 逃したら、自分も死に、あの女も食われてしまう。
 何としても、これを赤い目に打ち込まなければいけない。

 弓をひき、片眼を瞑る。頭も怪我をしているのか血がたれてきて視界が赤くなる。それにも何とか堪え、必死に機会を待つ。威力が高まるのか白蛇が近づいた時だ。恐怖に堪えながら、絶好の機会を待つ。狙うは紅い瞳。
 これを最高させれば、彼女の笑みを守れる。
 また女は幸せに生きられる。あの村じゃなくてもいい、自由に生きて行けばいいのだ。
 俺が幸せにしてやるんだ。

 その一心で、矢鏡は銀色の矢を打ち込んだのだ。
 


 矢鏡の考えは当たっていたのか、白蛇の目に刺さった鏡の矢を受けた瞬間。
 巨体を震わせ、ばたばたともがきながら、白蛇は悲鳴を上げながらその場に倒れ込んだのだ。


 

 鏡がついた矢で化け物蛇を退治した男。
 そのためその男が祀られた神社を「矢鏡神社」と名をつけた。

 矢鏡の名前。
 それをその村で知る者はいなかったのだ。
 そう、誰も矢鏡の名前を知ろうとはしなかった。