「紅月ちゃんって健気で可愛いけど、危ない部分があるんだよね。矢鏡さん、気づいてます?」
 「………何のことだ」
 「あー、やっぱり気づいてないんだ。まぁ、気づいてたらこんなお気楽に生活なんかしてないか」
 「おまえは、紅月の何を知ってるんだ」
 「矢鏡さんよりは知ってますよ。初めは面白い女だなーって思ったけど、なんか哀れになってきてさ。少しでも笑って欲しいから見てたけど。でも、なんかよわっちー神様のせいで紅月ちゃんが犠牲になるのは何か嫌なんですよねー」
 「犠牲って、おまえは呪いの事を」
 「本当に好きなら、何とかしてくださいよ。曲がりなりにも神様なんでしょ?矢鏡さんの神社でお祈りしますよ。紅月ちゃんがこれからもずっと俺と猫ちゃんを可愛がってくれますようにって」
 「だから、お前は何を知ってるんだ!」


 目の前の男は、紅月の命が危ないと知っている。
 そう確信を持つには十分な会話だった。
 けれど、何故知っている。死んだ者を見る事が出来る力以外に何か見えるのか。まさか、呪いも見えるのか。
 だったら、教えて欲しい。紅月を助ける方法を。そう思い、肇に手を伸ばし声を荒げてそう問いかけた。

 だが、虚しくもその手は空を切り、肇は矢鏡の言葉も手も避けるように背を向けて歩き始めた。


 「紅月ちゃんが教えたくないから教えてない事を俺が言えるはずない。けど、紅月ちゃんを見殺しにしたら、俺はあんたの神社をぶっ壊してやる」


 大嵐の前の風のように重く低い声で、矢鏡に向けて放った言葉。顔を見なくてもわかる。
 あの笑みさえも、今は浮かべていないのだろう。

 暗闇の中を1人去っていく肇の周りには、何故か猫たちの姿が見えられくなっていたのだった。


 そして、白檀の香りもすぐに消えていった。