呪われた者だと言われ続けていた。化け物だと両親にも言われ忌み嫌われてきた。
 そんな銀色の髪に女が触ろうとしたのだ。
 矢鏡は思わず、その白く細い手を払ってしまった。その瞬間、驚きと悲しみの視線が矢鏡に注がれた。

 「………」
 「ご、ごめんなさい。私、あまりに綺麗だったから、つい。急に触られたら嫌に決まってるわ」
 「あ、あぁ」
 「私、帰るね」

 そう言うと、先程の興奮状態から一転にて、少し頬を染め恥ずかしそうにしながら矢鏡から離れた。

 「山男さん、笠、借りてもいい?」
 「あぁ」
 「じゃあ、この笠と手ぬぐい、また今度来た時に返すね。私がいる時には、その髪、隠さなくて大丈夫だよ」

 扉に手をかけ、ゆっくりと矢鏡の方を振り向くと、恥ずかしそうにしながらも笑顔で矢鏡にそう言うと、小雨が降る中、女は家から駆け足で去っていった。雨音のせいで、彼女の足音はすぐに聞こえなくなり、その場にはサーっという屋根に雨が落ちる音だけが響いた。


 「綺麗だなんて、初めて言われた、な」

 その独り言が零れ落ちたのは、女が去ってからしばらく経ってからだった。
 思考が停止してしまうほどに、彼女が矢鏡に残した言葉は衝撃的であった。それもそうだ。蔑まれる言葉しか言われてこなかったのに、神様だと見間違え綺麗だと褒められたのだ。
 嬉しさより先に戸惑いが大きくなっていく。

 けれど、時間がたって冷静になり、自分の髪がしっかり乾き始めた頃。
 矢鏡は自分の髪に触れ、視線を上にして前髪を見つめる。今までは自分でも呪っていた銀色の髪。黒に染まればいいなっと思っていた忌まわしき髪。けれど、女に褒められた途端、少しは綺麗かもしれない、と思ってしまう。
 自分自身でも単純な思考をしているな、と思いながらも銀色の髪に触れる度に口元が緩んで笑みが零れた。


 そういえば、あの女。
 河女と呼んでいたが、名前は何というのだろうか。お互いに教えていなかったな、と今更ながら気づく。

 彼女は「また今度」と言っていた。
 今度会った時に、聞いてみようかな、と矢鏡は思った。


 雨が降ったからだろうか。
 この日はもう沈丁花の香りが薫ってくることはなかった。