そして、大分距離はあるが、矢鏡の視線の正面に、その小さなな女が歩く。
 その時に一瞬だけだがその横顔が鮮明に見える。
 目には涙が浮かび、唇も体も小刻みに震えていた。


 「泣いてる?」


 これか幸せな婚礼ではないのだ。そして、人目から逃れるように朝がの夜に嫁入りの行列をする。
 それは、良いことではない。決して、それはない事は確かだった。


 思わず飛び出して、何をしているのか問いただしたい。そんな衝動に駆られるが、矢鏡の体は動かない。
 動物に対しての対処や狩り方は学んできた。けれど、人間との関りは徹底的に避けてきたのだ。店で何かを売り買いする以外、ほとんど話したことがない。
 それに、銀髪の男が突然飛び出せば、幼い頃のように罵倒され拒絶されるだろう。そして、やっと手に入れた平穏な暮らしも台無しになってしまう。
 もしかしたら、緊張しているだけかもしれない。
 だから、放っておけばいい。

 矢鏡はその場から立ち去ろうと一度その行列に背を向けた。
 けれど、どうしてもその場から動く事が出来ない。気になって仕方がないのだ。
 それに、悪い事が起こるのではないか。そんな気がしてならないのだ。


 「様子を見るだけでも」


 そう思い、その人々にバレないように矢鏡は距離を取りながら、こっそりと追う事にしたのだった。





 追っていくうちに、矢鏡はどんどん体が熱くなり、動悸も激しくなっていく。
 この行列が向かっている先に、何があるのか。山に住んでいる矢鏡には十分に知っている。
 あそこに行ってはダメなのだ。いい事など、何もない。


 神主らしき老人が、お経をあげ始めた。
 その場所は山の高い位置にある断崖絶壁。下には大きな岩がひしめき合っている川があるだけだ。その場所に訪れる者はほとんどない。危険が多いこの場所は動物さえも近寄らない。もちろん、矢鏡も含めた人間もだ。


 それなのに。何故?

 思考はそこで終わる。
 いつの間にか老人のお経が終わり、多数の鈴の音が崖に響き渡る。川を流れる水の音よりも大きい。
 そこで、ハッと目をそちらの向ける。と、先程震えていた白無垢の少女が一歩一歩崖に近づいていく。
 先程よりも、体がガタガタと震えている。
 それでも、その少女の足は止まらない。

 急かすように神楽鈴の音が早くなっていく。
 追い込まれている。この大人達に。この少女は、崖から飛び込もうとしている。いや、飛び降りろと、誘導されているのだ。

 あと一歩進めば断崖絶壁から落ちてしまう。
 そうなれば、彼女の命はあっけなく散ってしまう。
 そんな時に、白無垢の少女はくるりと後ろを振り向いた。


 「ーーーーーー」


 声は聞こえない。
 矢鏡は少し離れた森の中でその様子を盗み見ていたのだから。動かなかった足がやっとこの時に動いた。
 けれど、わかっている。もう間に合わないと。