「最近は、雨の日ばっかりだな」


 そんな暮らしが20年ほど続いた。森で一人で暮らす日常にもすっかり慣れ、森の住人である動物も矢鏡を恐れ、そして小動物は懐くようになってきた。だが、ここ数年雨の日が多くなり、山の様子も変わってきていた。作物は上手く育たず、土砂崩れも頻繁に起こっており、村は大変な被害を受けたようだった。野菜を食べられない代わりに肉や魚を食べられる矢鏡は良かったが、それでも動物たちが食べる葉も腐ってくると、生きられずに死んでしまう。そんな危機的な状況が見られた。


 そんなある日。
 この日も小雨が降っていた。が、朝早くに鈴の音色が森の中響き渡っており、矢鏡も起き上がった。


 「夜が明けたばかりだろ?なんだ?」


 もう少しで春と言う、少し肌寒い季節。
 矢鏡は布団から起き上がり、すぐに上着、頭巾を身に着けて家を出た。何があってもいいように弓矢と短剣も持つ。七五三鈴だろうか。鈴同士が重なり合って、高い音が響いている。その音を追いながら、矢鏡は慎重に朝露が落ちている山道を歩いていく。

 しばらくすると、山には似合わない真っ白な服に身を包んだ人たちが数十人列になって歩いている。
 神社の神主と巫女のような上下純白の着物に身を包んでおり、真っ赤な傘や黄色の鈴がやけに目立って見える。目に入ったのは大人に囲まれて丁度中央に小柄な姿の女が必死に歩いていた。しかも、白無垢を身に着けており、どうも歩きにくそうだ。横顔もほとんど見えなかったが、紅を縫った真っ赤な唇だけ見えた。
 これは嫁入りの行列なのだろうか。雨も降っている、もしや狐の嫁入りというやつなのか。そう思うと、矢鏡は身が震えた。試しに両手の指で組んだ隙間から覗く『狐の窓』で彼らを見たが、そこから見える景色は狐の姿に変わる事もなく人間のままだった。
 無言で鈴の音だけを鳴らしてゆっくりと進む。その横顔に笑みもない。
 これでは、結婚式ではなく葬式のようだ。そんな風に思った。