「人間の子。私の同類である神が申し訳ない事をした。辛い思いをさせたね」
 「……か、神様?」
 「私は龍神だ。今の君は助ける事は出来ない。生まれ変わった君への願いを詫びとして叶えよう」
 「生まれ変わったら?さ、左京様は!?無事なのですか?」
 「君の神様の魂なら無事だよ。体はもう死んでしまうけれど。けれど、生まれ変われる」


 意識を失っていた時の事を思い出し、矢鏡の事を心配した紅月は龍神の言葉を聞いて驚いていた。けれど、龍神の雰囲気から本当の事を話しているとわかったのだろう。少しだけ安堵した表情を見せた。やはり本物の力ある神は人間を安心させる力があるのだな、と思った。

 「左京様も人間になるのですか?」
 「あぁ。そう願っていたね」
 「では、左京様と同じ時代に生きたいです。そして、左京様を見つけたい」
 「……わかった。同じ時を生きられるようにしよう。もう1つの願いは。私の力がなくても大丈夫」
 「え……」
 「君たちなら見つけられる。そうだな、沈丁花の香りが道しるべに、2人の指輪が目印になるだろう」


 そういうと、龍神は2人の指輪を取り、お互いの手のひらに置いた。矢鏡と紅月は強くそれを握りしめる。すると、沈丁花の木に囲まれているかのように、甘い香りが漂ってくる。


 「それまではゆっくりおやすみ。怖いことも苦しいこともない。ただ、温かで穏やかな世界だ。怖がらなくていい」


 優しくそう言うと、龍神は水牢に入った蛇神と共にゆっくりと消えた。







 それからどれぐらいの時間が経っただろうか。
 死を迎えるはずなのに、矢鏡には恐怖や苦しさが全くなかった。
 目の前にいる彼女も、とても穏やかな表情で眠っている。



 「………紅月」
 「はい。左京様……」
 「次に会った時、必ずおまえを見つけ出す」
 「はい」
 「そして、今度こそ守り抜くし、幸せにする」
 「はい」
 「だから、おまえもずっと俺を好きでいてくれ」
 「もう私は何百年も左京様だけを愛しているんですよ。これからもその気持ちに変わりはありません」


 2人の瞳には涙が溜まっていた。
 けれど、それは苦しさは寂しさからのものではない。幸せな気持ちか溢れでる涙だった。

 今はもう彼女の涙を拭ってやる事は出来ない。
 けれど、次に会えた時は泣かせない。幸せで泣かせてみせる。そして、それを拭い2人で笑い合うのだ。

 「おやすみ、紅月」
 「おやすみなさい。また、絶対に会いに行きます。左京様」


 そう言って2人はゆっくりと瞼を閉じた。


 長かった優月と左京の物語は、ようやくこの時で幕を閉じたのだった。