反論をしようと思ったが、矢鏡はその次の言葉は出てこなかった。
 ここで紅月が命を落とすのは悲しすぎるし、彼女が可哀そうで今すぐにでも救ってやりたいと思う。けれど、昔の記憶はなくなったとしても紅月として生きた記憶は残る。そうなると、矢鏡の記憶も残っているはずだ。そうなれば生きていても、また何か悪い神と契約を結ぶのではないか。それこそ、目の前の蛇神と。
 それに、矢鏡が消滅したのを自分のせいだと思って、苦しむのではないか。そんな心配もある。

 ならば、次の人生で自分を忘れて自由に生きて行った方がいいのではないか。
 そう思ってしまったのだ。


 「納得シタヨウダナ」
 「もういい。早く終わらせてくれ」


 だが、もう考えるのは止めた。
 彼女の未来を救える事は確実なのだから。
 そうなったら、早く終わらせなくてはいけない。

 自分の決心が揺らがないうちに、彼女と一緒に生きたかったと情けなく泣いてしまう前に。

 
 「さ、左京様……」
 「……紅月」
 「デハ、マズ神トシテモウ一度死ネ」
 「幸せになってくれ」


 最後に視界に入れるのは、彼女がいい。
 咄嗟にそう思った矢鏡は彼女の方を振り向き笑顔を向けた。

 大丈夫。直前まで彼女を抱きしめていたから、今でも沈丁花の香りがする。彼女に包まれているようだ。
 両手を重ねて、彼女とお揃いの指輪に触れる。こうすれば、一人ではない。彼女が居てくれる。そう思えるから不思議だ。
 紅月の顔が恐怖で歪む。最後に笑っていて欲しかった。けれど、それは無理だったな。
 いつも、おまえを泣かせてばかりだな。

 けれど、自分は幸せだ。
 人間だった頃も、神様だった頃も。死ぬときは、愛しい彼女にみとって貰えるのだから。