その後、優月はすぐに山の方へと向かった。村を歩くと、皆に「よかったよかった」「蛇神様は神様じゃなかったんでしょ?こわいわね」と声を掛けられた。皆、信じていた神様が本当は化け物であった。それが信じられないのと、退治された事で安堵し、晴天を喜んでいるようだった。そんな話をすぐに切り上げて、優月は山中へと向かった。


 もちろん、向かう先はただ一つ。
 左京の家だ。

 彼が仕掛けた罠を踏んでしまわないよう、ゆっくりとすすむ。けれど、ここの罠にかかれば「またか」と、苦笑いを浮かべながら左京は出て来てくれるのではないか。そんな風に思ったけれど、彼は助けに来てくれない。この世界にはもういないのだから。そう思うと、また瞳の奥が熱くなってくる。
 それを必死に堪えながら、なんとか罠に足を取られることなく家まで到着する事が出来た。優月は、ゆっくりと左京の部屋を見渡す。その瞬間に、左京の香りが全身を包む。
 彼が寝ていただろう布団は、敷かれたまま放置されていた。飛び起きたのだろうか、掛布が乱雑に置かれていた。それ以外はほとんど物がない部屋だった。囲炉裏に水桶、野菜や米、焼いてある魚が置いてあるだけだった。彼の着物も数着だけ部屋の籠の中に置いてあるだけで、彼が質素な生活を送っていたのがわかった。
 布団の脇には、矢のために使うのであろう細い木や石が置いてあった。狩りをして肉を売っていたのだろう。けれど、それにしてもかなりの数だった。何故こんなにも必要なのか。


 「もしかして、私を助けるため?」


 都合がいい考えかもしれない。
 けれど、優月が生贄にされることは彼もわかっていた。それはおかしいと思ってくれていた。そして、本当に助けに来てくれたのだ。そう考えれば、左京は蛇神から優月を守るために、弓矢を準備してくれていた。そう考えるのが自然であった。
 優月は震える手で、作りかけの矢の先端につける石を見つめた。鋭くするために削っているのだろう。石のはずだが、つるりとしてとても綺麗だった。彼が自分のために作ってくれたもの。


 「ありがとう、ございます」


 優月はそれを両手に包み。目を瞑って、祈るようにそう言葉を紡いだ。
 それが彼に届くように。

 それから、彼の匂いが残る部屋で、優月はしばらくの間、泣きながら過ごした。
 きっとあれは夢で、扉が開いて「なんだ、来ていたのか」と笑って優月の元へ帰ってきてくれるのではないか。
 綺麗だ、と言った花無垢姿になれば迎えに来てくれるのだろうか。

 そんな事を考えながらその日は夕暮れまでこの家に居たが、左京が帰ってくることはなかった。