凛とした口調でそう宣言すると、緊張して固くなっている紅月の指に、神様の冷たい体温を吸って随分と冷えきった銀の指輪をはめていく。先ほどのまじないのような一連の動きで指輪が出来上がったのだろうか。紅月の指にぴったりとはまっている。
 そして、指輪には手毬のような小さな銀の飾りがついており、よくよく見ると小さな花が重なって咲いている。まるで、生きた花を小さくして、銀を塗り付けたかのように、繊細なつくりだった。


 「すごい……!綺麗ですっ!」
 「気に入ったか?」
 「はい。あの、このお花は……?」
 「沈丁花だ。春先に咲く、甘く薫り高い花。紅月に似合うと思った」
 「………沈丁花。神様の香りとは違うのですね」
 「俺のは沈香だ。だが、香り高い沈丁花は、沈香と似た香りをしており、そして、十字形の花が丁子に似ている。そのため、その2つの名前を取って、『沈丁花』と、呼ばれている。春を迎える沈丁花の季節に出会ったのだしおまえは甘い香りが似合う。俺の名前と香りが似ているのだ。よいだろう?」


 そういうと同時に、甘い春の香りが2人を包み始めた。
 きっと神様が薫りをどこから連れて来てくれたのだろう。
 花の優しい香りに、紅月はうっとりしてしまう。まるで近くに沈丁花が咲き誇っているかのようだった。


 「では、私にもつけてくれ」
 「は、はい……」


 紅月の手のひらの置かれたのは、もう1つの銀の指輪。けれど、そこには沈丁花の飾りは見られない。そのかわりに、指輪の小さなな花が描かれており、銀の沈丁花で囲まれているデザインになっていた。
 紅月の体温で少しだけ温かくなった指輪を持ち、今度は紅月が彼に指にはめる。
 これが終われば正式に神様と結婚となる。そう思うと、気持ちが落ち着かなくなる。


 「紅月?」

 
 しばらくの間、固まっていた紅月を優しく呼ぶ。
 心配そうな顔の神様を見て、人間と同じだなっと思ってしまう。紅月が戸惑っていると思ったのだろう。申し訳なく思い、紅月は笑みを返す。


 「神様の事は何と呼べはよろしいですか?」
 「あぁ、そうだったな。矢鏡(やきょう)でいい」
 「わかりました。では矢鏡様………」


 冷たい手を温めるように包み、薬指に綺麗な銀の指輪を撫でるようにはめる。


 「私は、矢鏡様を支える事を誓います」
 「……あぁ。私は弱き神だからな。よろしく頼む」


 2人は両手を握り合い少し恥ずかしさを滲ませながら微笑む。

 どうして、矢鏡と紅月がこんなにもすんなり夫婦になれたのか。
 それをわかる時は、もうしばらく先に事だ。その時こそ、矢鏡に紅月の嘘がバレてしまうだろう。

 その時、彼の顔を見たくないな、と紅月は思ってしまった。