白く霞む記憶の庭に残るとある夏の記録。  
 

 久遠堂は白く染まる庭に溶け込むようにして建っていた。通学路から少し外れた場所にある一見古風なたたずまいなのだが、中に入ると世界は一変。和洋折衷な空間で、白い折り鶴のランプシェードやハーバリウムが棚に並んでいた。その他にもラムネやレモンソーダ色の文房具。


 まるで、秘密基地のようだった。


 客はいないようだったが、店主も見当たらなかった。


 後ろ髪引かれる思いで後にしようとしたら、奥の間から青年がひょっこり顔を出す。


「なんだ、お客さん来てたのか。ごめんごめん図書館で借りてた本読んでたから。今お茶持ってくからテキトーに座っててくれ」



 それだけを言い残せば、すぐ顔を引っ込めてしまった。青年の言葉に従いしばらく待っていると、氷のたくさん入ったグラスをお盆にのせて戻ってきた。顔には爽やかな笑顔を浮かべて。


「ようこそ久遠堂へ。おまえラッキーだな、夏の間気まぐれにやってる店に入れて」


「いつもやればいいのに」


 そしたら通うのに、とつけ加える。


 黙って注がれたお茶を一気に飲み干す姿を見つつ、青年はまあなと曖昧に笑う。


「それも今日で終わるけど。……夏椿が散るから」


 青年が言った花の名であろう言葉を反芻する。


 今まで花なんてどうでもいい存在だった。興味なんてないから母親の飾る花にも、触れたことなんてない。でも今日、庭の花に心を奪われてしまった。


「……花言葉なんていうの」

「愛らしさ。儚い美しさ。――本当はさ、一日花なんだ。でも今日まで咲いていられるように延ばした、俺が」

「なんのために……?」


 僕の問いかけに、さあなとはぐらかす。


「――今日散る前までは。好きに、ここを使ってくれていいぞ。秘密基地みたいだろ」


 まるで少年のようにはにかんで、僕の頭にぽんと手を置いて。



「名は?」

茅人(かやと)

「――茅人。おまえは、絶対に間違えるな。俺のようになるなよ」


 去り際、微かに夏椿の香りがした。儚く胸をしめつけるようなこの痛みの理由は、わからない。きっと遠からず、わかるだろう。


 店内をぐるりと回ってみる。すると、夏椿の写真集が置いてあるのを見つけた。青年の撮ったものだろうか、なんとなく手に取り後でそれはかとなく聞いてみようと思った。