リトルソング
第六章
8月も終わり頃。

お父さんはお盆が終わると同時に仕事先へ。

達綺ちゃんもついには、部活のために学校近くのお友達の家に居候というバスケ馬鹿っぷり。

そしてその間に夏休みの課題を終えた私は暇人となり、最近は毎日──


「てめえ、一番風が当たる所に座ってんじゃねえよ!」

「はー?そんなの知らないし。暑いんだったら扇風機の前に行けば?」

「てめえが行けよ。そこは俺の座るとこだ」

「イ・ヤ・だ。動きたくなーい」


アジトで羽根休めをしております。

特に幹部部屋は、クーラーガンガンに効いてて静かで居心地がいい。


「ああ!?喧嘩売ってんのか、上等だブス!」


……訂正。

このうっさいサルを除けば、居心地最高。


「……言ったな?私はブスじゃない!表出ろ、このサル!」

「おう、やってやろうじゃねえか。望むところだ!」


座ってたソファから腰を上げて、猛り立った。

その時「うるせえ」と綺麗にハモった低い声が私と悠を鎮火させた。


「面倒くせぇんだよ。お互いがいちいち挑発すんじゃねえ」

「その通りだ。お前ら早く大人になれよ」


隣同士で座っていた那智と睦斗にお灸をすえられた。

おのれ、どっちも反論できない正論叩きつけやがって。「アハハ、そんな言わなくてもいいだろ2人とも~。優凛ちゃん震えてんじゃん」


震える?

違うぞ、モヤモヤする怒りに肩を震わせているだけだ!


「優凛ちゃんおいで。こっちの方が涼しいから」


そうやって甘い声で手招きするのは、桜汰先輩。

確かに扇風機の風に吹かれて涼しそうだ──じゃなくて!


「2人そろって何なのさ!」


私が注目するべきはこいつら。

ついこないだまで険悪なムードだった、睦斗と那智。

今じゃツッコミやリアクションまで息ぴったり。

しかもそれだけじゃないんだよ!最近2人は何をする時も一緒。

食べる時は隣同士だし、くつろいでる時は近くにいる。

どっか出掛ける時も那智と一緒で、もうこの2人デキてるんじゃないかと疑うほど仲良し。


「く……負けた……!」


なんだこの敗北感。

私だって睦斗の──カノジョなのにこの差はなんだ。

もちろん睦斗には那智を大事にして欲しいけど、最近冷たすぎるぞ!


「優凛ちゃん?」

「うー……私も当たる!桜汰先輩!」


悔しくて寂しいから、悪い事考えてしまった。

普段は応じない桜汰先輩への、“プチ浮気”。「ひゃー…すっずし~」


すぐに扇風機の前に座り、桜汰先輩の隣へ。


「ね、こっちの方がいいでしょ?」

「ですね~。日本の夏って感じ」


和やかに桜汰先輩と笑顔を交わす。

ああ、癒される。

このほのぼのした空間がいいわー。


「んー……涼しい」


なんて油断して普通に接していると。

コテン、と頭を預けてくる先輩。

それから腰に手を回して──っておい!

ハグされてる!しまった、このままじゃチャラ男の餌食になっちまう!


「何やってんだコラ!」


そこにゴッ、と鈍い音がして先輩から解放された。


「大丈夫か優凛、桜汰の変態がうつってねえだろうな?」


どうやら男前な璃輝さんがヒーローになってくれたみたい。

す、救われた。救世主万歳!

ん……救世主?救世主ってなんだっけ、なんか思い出しそう。


「あぁぁ!」


思い出した!

メサイアって、先週くらいにスカウトされた時に、郡司レオンに言われたことじゃんか!

てか、あの人に連絡してないよ!

色々ありすぎてすっかり忘れてた。

そして今日は──


「忘れてたぁぁ!!」


いつも聴いてくれる皆さんと約束した、ストリートライブの日ではないか!?最低だ私!聞いてくださるありがたい皆様を裏切るような行為をしてしまうなんて。

いや、諦めるのはまだ早い。

今からダッシュで帰って電車で行けば間に合う。


「用事があったの忘れてた!安西優凛は帰らせていただきます!」

「は……?」

「今日路上ライブだったの忘れてたの!
今から急いで行ってくる!」

「送っていこうか?」

「大丈夫、ありがとう睦斗!」


心配してくれる睦斗に笑いかけ、幹部部屋を出た。

なんだかんだ優しいところ好きだな。

……って私、チョロすぎでは?

まあ、そんなことは今はいいんだ。

それから大急ぎで帰宅し、ギターを抱えて家を飛び出ようとしたところで、ケースから何かがひらりと落ちた。


「あ……連絡してなかった!」


それは以前、郡司レオンと名乗るイケメンにもらった連絡先だった。


「……待ってるって言ったもんね」


どうしようか迷ったけど、時間がなくて急いでいるのもあるし、厄介なことは後回しにしたくないので電話することに。

5回ほどコールが鳴った後、音が途切れた。

呼びかけに応じた証拠だ。


『ん?もしもーし』

「はい、もしもし!」

『んー……誰?』


この声、覚えてる。

電話だからちょっと印象違うけど、この甘い優しい声。

間違いない、この前会った男の人の声だ!「あの、郡司レオンさんですか?」

『うん、そうだけどさ。君は誰?この番号にかけてくるってことは知り合いだよね』

「えっと……安西優凛です」


って言っても分かんないか。


「前に、駅前でストリートライブやってて、そこで出会って、カフェでお話したんですけど……」

『あー!ユーリちゃん!?覚えてる覚えてる!へー、名字安西って言うんだ』


覚えてますか?って問いかけようとしたところで、彼はトーンを上げて嬉しそうに笑った。


『本当に連絡くれたんだ。嬉しいねー』

「あ……はい」


返事しつつ時計をチラ見すると、時間が迫ってる。

これ以上家にいたら約束の時間に遅れてしまいそうだ。

よし、電話しながら駅に向かう事にしよう。


『どうしたの?急に電話して。歌手になる気になった?』

「え?うーん、ちょっと違います。
今日ストリートライブしようと思ってて、今から駅前に行こうとしてるんです」

『マジで?それは俺も行かなくちゃね』

「え!?来るんですか?」

『え?そのために連絡したんじゃなかったの?』

「そうじゃなくて、郡司さんの仕事とか…」

『あー?今日ね、ラッキーなことにオフなの。今起きたところだからいつでも行けるよ』


……とんとん拍子に事が進んでいくので、不信感を持ってしまうのは気のせいだろうか。

いまだに、この声の主があの郡司レオンとは信じがたいんだよね。

詐欺にあってる感覚。


「じゃあ、30分後くらいに駅前に行きます」

『りょーかい。待ってるね。電話してくれてありがとう、ユーリちゃん』


そうして通話は途切れた。

さてと、それではギター背負ってダッシュで向かうといたしましょうか。駅に着いたところでちょうど電車がやってきた。

乗車して、涼しい車内で20分。

お目当ての駅前に到着した。


「ふう……セーフ。間に合った」


いつもの場所にギターケースを下ろし、一息ついていると。


「あ!来た!!」

「え、あの子?うちらとタメくらいじゃない?」

「そうだけどスゴいんだって、1回聞いたら納得できるから」

「へー……」


すると、女の子が2人近づいてきた。


「ユーリさん!」


その内のひとりが、私に向かって大きく手を振る。

すでに来てくれた人がいるみたい。


「来てくれたんですか?ありがとう!」

「はい、この前約束したから早めに来ました!」

「えー!嬉しいです!」


この子は一番最初から聞いてくれてた女の子。

毎回のように来てくれるので、顔見知りになったのだ!


「今日は何歌うんですか?」

「何にしましょうか?……そうだ。リクエストしますよ!」

「リクエスト!本当!?」

「はーい、いつも来てくれるんで、お礼に」


「やったー!」と喜んでくれたその人。

やっぱり、人に笑ってもらえるって嬉しいね。


ところで、まだ郡司レオンはいないみたい。

まあ来なくてもいいんだけど。

私が歌う目的は、聞いてくれる人のためだから。「もう、めちゃくちゃ良かった!ファンになりました!」

「でしょ!ユーリさんはすごいんだから!」


15分ほどのライブ後、さっきの女の子達が興奮した様子で私に近寄る。


「また来てください!」

「次いつですか!?」

「えっとー……」


そうだな、来週から学校始まるからなかなか時間見つけられないな。

さて、どうしたものか。

と考えていると、何名かの大人が女の子を押しのけて私の前に現れた。


「すみません、私、こういう者でして。よかったらうちの事務所に来ていただけませんか!感動しました!」

「ちょっと!抜けがけですか!?私たちの方がずっと前からこの子を見てたんです!ユーリさん、ぜひ私たちの事務所へお越しください!」


するとこぞって名刺を私に渡そうとしてくる。

ちょっと、私は女の子と話してたかったのに!

迷惑なスカウトマンめ!


「ちょっといい?」


考え込んでると、大きな影に覆われる。

……この光景、デジャヴだな。

って、この大きな影。


「この子、俺の連れなんだよね。お話はまた今度にしてくれる?」


甘い声に、オレンジ色の髪の毛。

この人、郡司レオンじゃないか!!

いつ現れたんだ?神出鬼没すぎる!今日もサングラスかけて、口元には営業スマイルを携えてる。


「でしたらお連れ様もご一緒に……!5分で済みますので!」

「あー、その手の詐欺ってよくあるよね。しかも、その手に持ってる名刺見たことないんだけど」

「詐欺ではありません!最近立ち上げた事務所でして……」

「嘘つきは嫌いだなあ。君のその名刺に書いてある会社が存在しないくらい知ってるよ。何ならそれを調べてみようか?
それに生憎だけど、この子は誰にも渡さない」

「っ……失礼しました」


だけどスマイルから一転、彼が一瞬凄むと、スカウトマンはそそくさと退散していった。

ってなんか、すごいセリフ言われた気がする…ん。


「え?もしかして……」

「ねえ、絶対そうだよね」


その一部始終を見ていた女の子たち。

まあ、ですよね。

いくらサングラスかけて目元を隠しても、芸能人だったらバレる──ってダメじゃん!

こんなところに今をときめく郡司レオンがいるってなったら、この駅前ごったがえすぞ。


「行こうか、ユーリちゃん」


なんて冷汗ダラダラに彼の事に関して上手い切り抜け方を探してたら、郡司レオンは私をエスコートして歩き始めた。「え、どこに行くの?」

「ん?2人で話せるところ。やっと会えたんだしゆっくり話そうよ」


彼はサングラス越しに私を見て、今度はホントに笑った。

雑誌でも見ないその妖艶さに、心臓を一撃。

すごい今更だけど、この人──本物の芸能人だ。

連れられてやってきたのは、まだ営業していないクラブの一番奥の部屋。

俗に言う、VIPルームってやつの中。

黒と赤が基調の落ち着かない部屋。


「なんか飲む?ユーリちゃん」

「えっと……お水クダサイ」

「んー、水でいいの?なんかおごるよ」

「いえ、だいじょぶです」


律儀にお断りしながら、私はVIPルームの赤いソファに背筋を伸ばして座ってた。

郡司レオンはテーブルをはさんで向かい合わせのソファでくつろいでる。


「あの…お話ってなんでしょか?」

「……」

「郡司さん?」

「……だめ」

「え?」


何がダメなんだ。

顔か?顔は生まれついたものだから仕方ないぞ。


「敬語やめて。俺のことは名前で呼んで」

「なっ……」


違った。

郡司レオンは、私に簡単に見えてとても難しいことを要求してきた。


「……ほら、俺のこと呼んでみて?」

「っ……レオ、ン?」


なんだかとてつもなく恥ずかしくなって、消え入るような声で小さく呼んだ。


「……可愛いね、ユーリちゃん」

「はあっ!?」

「彼氏いるの?」

「いる!」


可愛いとか彼氏いる?とかなんなのこの人

てか、もう敬語じゃなくていいんだよね?「……本当?」

「嘘じゃない!同級生にいるもん!」

「なんだ……残念」


残念って、毛ほどにも思ってないクセに。

うーむ、芸能人は恐ろしい。


「それで、話ってなに?」

「別に」


話題変換を持ちかけると、ふて腐れた態度を取った彼。

あれ?なにか気に障るようなこといったかな。


「別に……君とちゃんと話したかっただけ」


そっぽ向きながら彼は、言葉をつなぎ続けた。


「どんな子なのかなって、歌を聴いたときから気になってた」

「……」

「それで、話してみてさ。自分で見極めようって。君が本当に俺たちを助けられる存在なのか」


この人が、ずっと言ってたメサイア。

救世主に、私が当てはまるかどうか?

そんなの当然──


「話して分かったよ。俺さ…」


“ノー”に決まってる。


「君の事気に入っちゃった」



「……え」

「だからさ、君の事気に入った。君になら事務所任せられるよ」


どこを見て私を気に入ったんだ。

顔は芸能人には及ばないし、話術だってうまくない。

むしろネジの飛んだ発言ばかりだというのに。


「歌手になってね、ユーリちゃん。俺楽しみにしてるから」

「なんで……私なの?」


不可解すぎて、レオンに問うと。


「なんでっていうか、君じゃなきゃダメだね」

「っ!」


またもやキラースマイルを振りまかれた。

くうっ、この人ずるい!「また機会があったら連絡して。今度は信司連れて来るから」

「……」

「ああ、それと。
彼氏と別れたら、まず俺に連絡ちょうだい。これ、約束ね」


今度は不意を突かれて、とんでもないことを言われた気がする。

でも正面から認めてくれたことはすごく嬉しい。

以前の私にはこんな風に認めてくれる人はいなかった。



『何言ってんの?』


突き刺さる視線と重い言の葉。


『あんた変だよ、おかしいよ』


たくさんの軽蔑の目。


『……関わんないほうがいいって』

『そうだね。だってほら、あの子さ、母親が……』



不意に脳内で響く人々の声。

白昼夢みたいに現実味はなくて、だけど確実に存在した記憶。

……これは一体いつの記憶?



「……ユーリちゃん?」

「はい!?あ、何か言った?」

「うん、次会うの楽しみにしてるねって言った」

「あ……うん、近いうちに連絡します!」


少しパニックになりながら無理やり笑顔を作ってその場を去る

楽しかった一時のはずなのに、その日はしばらくは頭痛に苛まれていた。