わたしの世界は、この、20畳あまりの自分の部屋だけ。
この部屋のドアを開けたら、わたしは、わたくしに、なる。

トントン。
「お嬢様、お食事の時間です。」軽くノックするのは、乳母の道子さん。
「はい」
わたしの返事を待ってドアが開く。
「おはようございます」
彼女は、綺麗なお辞儀をする。
「おはようございます」
わたしは、静かに食堂に向かう。
この時間には、既に皆、揃っている。
父は、経済新聞を読み、母は、執事の杉村さんと今日のあれこれを打ち合わせている。
兄は、ぼんやり、レム睡眠中と見た。
「おはようございます」
わたしは、皆に向かって恭しく礼をとる。
皆が、笑顔で応えてくれる。
「では、始めようか。」父のその声で、朝食が始まる。
父は、上月伸介。元々公爵家であり旧財閥である上月財閥のトップだが、専らメガバンクの東京中央銀行の頭取をしてをり、ここ数年は、そちらが忙しいらしい。
母、華子。旧侯爵家櫻川家から嫁いで来た彼女は、父が全てであり、父は、45才になって尚、美しい世界を信じて家庭を守り、父を信じ、尊敬し、子等を養育し、ボランティアに勤しむ美しいマダムである。
兄、伸太郎はわたしより6才年長で父の後は継がず脳外科医をしている。