鏡をポケットに仕舞い、リュックの中からスマホを取り出せば、一時間ほど前に那乃から一件の着信が届いていた。家に帰ってからかけ直そうと制服のポケットにしまって更衣室を後にする。




キッチンにいる汐里さんに、お先に失礼します、そう口を開きかけたところで、


「あっ、世莉ちゃんちょっと待って!」




焦りを孕む声色に、開きかけた口は自然と閉じる。


代わりに、小走りで向かって来た汐里さんに、「どうしたんですか?」と訊ねれば、汐里さんは申し訳なさそうな顔をした。




「これ、届けてきてくれないかな?」


さっきのお客さんがレジの横に置いたまま忘れちゃったみたいなの、と重ねて告げられたその言葉。

汐里さんの手元に視線を向ければ、そこには透明なビニール傘が握られている。



「さっきの常連さんのものですか?」

「ううん。世莉ちゃんが裏にいる間に買いに来たんだけど、多分世莉ちゃんと同い年くらいの子」

「そうなんですね。わかりました、探してみます」

「ありがとう、助かるわ。世莉ちゃんは傘もってる? 雨降り始めたみたいだから、もし持ってなかったら貸すわよ」

「わたしは折りたたみ傘持ってるので大丈夫です」

「そっか。じゃあ気をつけて帰ってね。あとこれ、よろしくね」