おもいでにかわるまで

静まり返った車内でアクセルを踏む。水樹は何も話さない。水樹がそんなふうだと明人も何も話せない。それに明人が時折確認しても水樹は左を向いたままだ。昨日の帰りから続いている、話すタイミングを失ったが為のどんよりした空気のせいでどうにも身動きがとれなかった。

‘今日勇利とどうだった?’

明人はその一言を飲み込み続けた。白のノースリーブに合わせた短めのデニムのスカートと、そこから伸びる日焼けした長い足がきれいでスタイル良く、とにかく今日の服装も水樹によく似合っていた。シンプルだけど明人は好きだと思った。でもそれは勇利の為にしたおしゃれなわけで、明人は不快でもあるのだった。

勇利と何かあるなら今すぐ別れる。そういうのは急激に冷めるんだ。でもそれにしても静かだな。何か怒ってるの?と明人は観念して息を一つ吐いた。

「ふう・・・。今日は楽しかったですか。」

「クゥ・・・。」

ん?もしかして。と明人はもう一声掛けた。

「返事しないとキスする。」

「クゥ・・・。」

信じられない。

「あははっ。」

全く。こんな酷い女の子は俺以外じゃ手に負えないか。と明人は水樹を助手席に眠らせたまま、もうしばらくドライブを楽しんだ。それから30分程走らせた後水樹の頬をペチペチと鳴らして起こしてあげ、窓の外を見るように指で示した。

「あ、すごい、きれい・・・。」

この場所は明人が一人で運転の練習をしている時に見付けた峠の中だった。

「おはよ。」

「寝てた・・・?」

「うん。」

「車のライトの列が天の川みたい。」

キスしたかった。でも水樹が大切だからこそ今日はこれ以上触れるのは止めておく。もし今キスなんてしたら、明人は自分を制御できなくなるに違いない。

そして遠くでチラチラと輝く車のライトと建物の電飾が造り出す無限の夜景を、車の中から手を繋いで二人でいつまでも眺めた。