おもいでにかわるまで

勇利の顔から笑顔が引き、エレベーター内の空気は重い。そしてわずかな沈黙の後勇利は言った。

「お前さあ・・・。今日何で来たの?」

ガンッ。とされるがままで水樹は動けなかった。勇利が怒った顔で水樹の真正面に立ち、そして両手で水樹の顔を挟むように壁に手を付いていたのだ。

「あのさ。こんな風に俺がお前をどうにかしたらどうすんの?」

なぜそれを勇利から聞かなければならないのか、と次は水樹が憤りキッと睨んで言い返した。

「勇利さんは何もしません。何かするなら出会ってから今日まで、いくらでもチャンスはあったじゃないですかっ。」

水樹は感情的に叫びより強く睨んだ。勇利は何も言い返さない。でもその後勇利は壁から手を放すと、フッと優しい顔に戻り水樹の頭を撫でた。そしてエレベーターを降りて歩きながら話した。

「俺も好きな人が出来たよ。」

水樹はただ頷くしかなかった。

「明人はいい奴だよ。」

「はい・・・。」

「カラオケは無しね。」

水樹が返事を考えていると勇利が追加した。

「なんでだかわかる?」

水樹は上手な返事が出来ない。

「あのさ。天然もいいんだけどさ、無神経というか、あんまり度が過ぎると他人を傷つける事もあるからお前気を付けろよ。」

また勇利に叱られた。そして水樹は思う。もし、出会ってから今日の日までにどこかで ‘付き合って下さい。’と伝えていたら、一体どんな返事を貰っていたんだろうか。と。

でも水樹にとってそれはもうする事のない過去の選択だ。自分の道だ。でも、それでも、それでもいつかもし水樹が大人になった時に、振られてもいいから勇利に告白しておけば良かったと思う日が、やっぱり来るのだろうかと思い描いてもそれはわからない。

勇利と別れ自宅に戻る間は明人の事を考えた。昨日の花火の帰り道、急に無表情になるから気を使ってあまり話せなかった事が気になっていた。

冷たくなった理由はもしかして、と想像してみる。でも明人がそんなに自分を好きだなんてあるわけがないと後ろを向く。そしてはあ、と溜め息をついた。

夏の終わりの夜風は涼しくて、一つの時代の終わりを告げてくる。水樹が家の近くの公園の入口を通り過ぎていると、不自然に存在する人の姿に気付き、怖くなってビクッとして固まった。

「えっ・・・。」

それからトコトコと明人に近寄った。

「ラムネ飲む?」

「うん・・・。」

「ドライブ行く?」

「うん。」

時刻は9時だった。遅くなる前に帰るから。と水樹は言い訳をしてから車に乗った。