水樹はクラっとしながらある事を思い出していた。2年生に進級する前の春、聖也に別れを告げられたあの日、聖也から、‘水樹・・・。勇利の事が、まだ好きなんだろ・・・?’と問われた事だ。

また同じ事を聞かれれば、明人とも終わってしまう。水樹は学校で勇利に出会って恋をしたのだから、ただその学校で勇利にお別れをしたかっただけだった。水樹は絶望でもっと涙を流し、言い訳の言葉も見つからなくて、でも紙だけは返してもらおうと手を伸ばした。

「泣かないで。大丈夫だから。」

‘こら水樹。今誰の事考えてたんだよ!’

そして似顔絵の勇利のこのかわいい台詞を指差しながら、笑うと優しい明人が、それよりも優しい声で水樹に優しく尋ねた。

「最初に勇利の事を教えてくれてたのに、俺自分の事ばっかで忘れてた。ごめんね立花さん。」

「あのっ、私、今はもうっ・・・。」

「うん。だってこの勇利も言ってるじゃん。‘今誰の事考えてたんだよ!’って。これってもしかして・・・。」

「あ、それはあのっ・・・はい・・・。」

「あのさ。立花さんはずっと勇利が好きで、それでいいんだ。立花さんが勇利を好きになってなかったら、一途に片思いをしていなかったら、今の俺の大好きなあなたは今ここに創られていなかったかもしれない。」

水樹は胸を打たれ、そして絶対に自分の口で自分の気持ちを伝えたいと思った。

「長谷川さん聞いて下さいっ・・・。あっ・・・。」

それ以上は声にならなかった。明人が全部を包み込むように抱き締めるから言葉にならなかったのだ。

「付き合うの嫌?」

そんな、そんなわけない。と水樹は出来るだけ首を大きく横に振った。

「付き合おっか。」

今度は水樹の瞳から、嬉しくてサラサラした涙が溢れてきた。

「うん。うんうん。」

涙のせいで決して澄んだ声ではないけれど、水樹は心を込めて一生懸命返事をした。それから明人は何も言わずに一度ぎゅっとした後水樹から離れ、すっきりした優しい顔で笑った。

水樹も笑って涙を拭いて、それから誰もいない中庭で、恋人になってから初めてのキスをした。そのキスは昨日までと違って、甘過ぎて体の力が抜けて立っていられなかった。でも大丈夫。これからは支え合っていくのだから。

「お誕生日おめでとう。」

「ありがとう。」

水樹が明人に、バナナとチョコの焼き菓子を作ってきたと伝えると、調理したバナナは苦手なんだよねって、イタズラに笑われた。

そして明人がクラブに戻った後、水樹は紙を小瓶に入れ持ってきたスコップで穴を掘り、小瓶にキスをしてから土に埋めた。

それから昼からの待ち合わせを待つまでの間持参しておいた宿題をしようとしてみたけれど、明人との未来を想像しては一人で笑ってしまうから、だからなかなか宿題を進める事が出来なくて、それでも今日は水樹にとって、人生で一番幸せな日だった。