おもいでにかわるまで

「誰か来たみたい。もう行こっか。」

「立花さん頑張ってね。これうちらの優しさだから。行こ、仁美。」

「勇利君はさ・・・、ボーイッシュな子がタイプなんだよ。水樹ちゃんとは全然違うね。」

音に慌てた仁美達が自分の方へ下りてくるかもしれないと、明人は誤魔化す理由を考えた。けれど仁美達は階段を上って行き、明人は会わずに済んだ。そして明人も上の階の喫煙所に行くふりをして、水樹の様子を見てから何食わぬ顔で去る事にした。

上っていくと、水樹は階段に座り込んでため息を付いていて、明人は水樹が泣いているんだと思った。結構きつく言われていた。でも水樹もそこそこ闘えていた。すると水樹は急に立ち上がり明人の方へ近付いてきた。

「泣いてないんだ・・・。」

声を掛けるつもりなどサラサラなかったのに、涙を強く堪えて微かに潤んだ水樹の瞳にグッとやられて、すれ違う時声が勝手に漏れた。それでも明人は振り返らずに、そのまま上の階へと歩ききった。

カン、カンカンカンッ・・・。

音を不思議に思い明人が振り向くと、水樹が階段を上がってきていたのだった。

「あのっ、ありがとうございました。今と、それからあの時とっ・・・。」

「えっ・・・?」

「長谷川さんは忘れてしまっていると思いますが、2年前食堂でかばってくれました。ずっとお礼が言いたかったんです・・・。」

明人は少し過去に戻る。そう、あの日は濡れて帰った為に母親にいらぬ心配をされ、言い訳するのが面倒臭かった。それに、勇利と仁美とクラスの奴らの安っぽい人間関係が気持ち悪くて、学校へ行くのが馬鹿馬鹿しくなっていったのもちょうどあの頃だった。

あの時も水樹は勇利の事で仁美と喧嘩をしていたな、と明人は思い出す。

「勇利の事が好きなんだ?」

明人にとって特に深い興味は無かった。でも水樹はびっくりした顔をした。

「あ・・・、はいっ!」

今度は明人がびっくりした。水樹が幸せそうに笑っている。好きというだけでそんなに嬉しいものなのかとその心地良さが明人に伝染って表情が和らいだ。

「ふっ。俺も勇利好きだよ。」

「えっ!?」

もう一度水樹は驚き、でもそれがなぜだかわからなかった。

「もしかして・・・恋敵(ライバル)って宣言ですか・・・?」

は!?どうしてそうなるの!?明人はしてやられたととうとう笑ってしまった。

「ぷっ。あはは。」

留年が決まってから初めて笑ったかもしれない。

はは。ライバル、か・・・。全く、ほんと酷い女子だよ・・・。

「そういう事に、なるのかもね。」

「えっ・・・?」

水樹が今どんな表情をしているのか明人にはわからない。明人はもう水樹に背を向けて歩き、振り返りはしなかった。