学校では顔を合わせるが楽しい会話は徐々に減っていき、誰も寄せ付けない雰囲気を纏って誰とも挨拶すら交わさない。そんな状態のまま小学校を卒業した。

 あの事故を見分した専門家にはすぐにわかっただろう。その悲惨な状況を目撃した人たちは一様にトラックが止まったと話したのだ。

 友人は勿論のことだがすでに能力者として登録されていた。彼女は小学生だ、誰もが悪意はないと判断してくれた。精神面のケアも開始され、検査もした。

 ケアと検査が調査になり、理由をつけて治療をはじめ力の制御のためと言って実験を進めることになった。

 専門家たちは時を止めるだけではなく、物を時に流そうと考えていた。

 それをするためには、彼女ほどの力がないと出来ない。小学生の子供が走行中のトラックを止めてしまうのだ。

 今まで見聞きしてきたものはせいぜい三キロ、大人になってやっと二十キロ程の物質の動きを止められる程度だった。

 恐ろしく力の強い彼女ならば、今まで見えてこなかった別の時の操り方を調べることが出来るはずだと考えたのだ。

 あのトラックの運命を変えてしまったのは自分の力のせいだ。そう思い続けていた友人はもう心を失い彼らの道具となっていた。

 小さな石ころを未来へ流そうと試みたがなんどやってもうまくいかない。

 水道管のように、花瓶のように、トラックのように、運命は変わる。

 何十億という人の中のたった一人の行動で、百人、千人、一万人の様々な行動の交差によって未来は刻一刻と変化していくのだ。