五分くらい無言で佇んでいただろうか、一樹が左手を服でごしごしと擦ってから希子の右手を握った。
いえ~い!やったー!そんな声が後ろから聞こえてきてすぐさま手を放し振り返る一樹が『うるさいんだよさっきから!』と叫ぶも、観客席は微塵も大人しくなってくれない。
キースッ、キースッ!ちゅーしろチュー!そんな合いの手も聞こえてきて緊張と恥ずかしさに耐え切れなくなった一樹はもう一度希子の手を取って『うるさいって』と言いながら走り出した。
希子も『あはは、うるさいぞー』と返しながら一樹についていき、たどり着いた先は小さな高台にある展望台だった。
人が歩く所だけ土が見えている芝の生えた場所を歩いた先には、胸の高さほどの丸太で出来た柵に囲まれたただの広場だった。
先ほど見えていた川の上流が見下ろせるようになっている。
不器用な感じで希子を引き寄せた一樹は、希子の頬に手を寄せてキスをする。
二回だけ、キスをした。
火照って赤くなった顔を落ち着かせてからバーベキュー会場に戻るとみんなにニヤニヤと眺められることになったが悪い気はしなかった。



