ストーリー



 銀行からの帰り道、希子は昔自分が絵本を読むことに夢中になっていたことを思い出していた。

 高校を卒業してすぐに今の職場に就職をしたが、その当時十歳ほど年上の佐藤勇気とよく話をしていた。

 勇気は結婚していたし、恋愛に発展することは微塵もなかったが昼休みに昼食をともにしながら高笑いするほど仲良くしてもらっていた。

 職場の先輩に自分の幼少の頃を話すなんて機会はあまりないと思うが、絵本の好きな子供の頃の希子自身の話をよく聞いてもらっていた。
 そんな話を面倒くさがることなく聞いてくれた勇気との会話は本当に楽しかった。

 実際のところは興味がなかったのかもしれないが、しゃべり続けることが出来たのは彼の人柄がよかったからだろう。

 勇気は二年程で転勤してしまったが、自分の思っていることを話し、それを聞いてもらえる存在というのはとても大事だとその時に教えてもらえた気がする。

 その数年後に一樹と出会った時にも臆せずに話が出来るようになっていたのは勇気のおかげかもしれない。

 勇気が転勤で居なくなると分かった時には何とも言えない寂しさに襲われたのも事実だが、彼のおかげで人付き合いという物を教わり、一樹とも会えたし華や詩織という友達も出来た。

 誰かが離れていってしまう怖さを教わり、そのために嫌われない努力をしなければいけないと知った。

 物語が好きなのが自分。
 小説でもいい、ゲームでもいい、漫画でもいい、歴史でもいい。
 物語が好き。

 それと同時に趣味を見つけられないのも自分。自分らしさを見つけられないのも自分。


 いつの日かは料理が好きなのが自分らしい自分。
 またいつの日かは裁縫が好きなのが自分らしい自分。
 砂浜から海を眺めるのが好きなのが自分らしい自分。
 コーヒー豆を挽いて香りを楽しむことが好きなのが自分らしい自分。

 自分らしさが変化することは間違いなんかじゃない。
 無理やり楽しいと思い込ませて自分を作ってしまうことが間違いなんだ。