「おー、」

アパートの階段下。あたしの姿を捉えた彼は軽く片手を上げた。音を立てないように慎重に階段を下りるあたしを見て、おかしそうにわらう声が微かに聞こえてくる。


「待った?」

最後の一段をひょいっと飛んで無事着陸する。

部屋着のまま。ラフな格好なのは彼も同じで、ほっと息をつくのも束の間。

「待った」

「えっ、うそほんとに?」

彼の返答にぱっと顔を上げると、くくっ、とバカにしたような笑いが降ってくる。


「ねえ、いま嘘ついた」

「うん、うそ。思ってたより早かったよ」


モデルのようにスラリと長く伸びた足を前へ出すので、つられてあたしも足を動かして隣に並ぶ。


彼の嘘に簡単に引っかかってしまったことが悔しくてむっと睨む。そんな視線に気づいた彼はべつに痛くも痒くもないらしく、へらりとかわす。その態度が気に入らなくて、ぽこ、と腕を叩けば横目で見下ろされた。


「暴力はよくないとおもうのですよ、あおちゃん」

「……先に嘘つくほうがだめだとおもいます、水瀬くん」

負けじとじっと見つめ返せば、「ごめんごめん」と1ミリたりとも気持ちの込められていないような謝罪を受けた。


「風呂上がり?」

「そうだよ」

「どーりでいい匂いするわけ」

「……変態だ、」

「俺も男なんでね」

何の気なしにサラリと吐かれた台詞。
どうやら否定はしないらしい。


「……あ、そういえばあたしなんにも持ってきてないけどいい?」

財布はおろか、スマホさえも持ってきていない。唯一、部屋の鍵だけはポケットに入れているけれど。


「いーよ」



深夜1時過ぎ。ふたりだけの足音が静かな住宅街に響く。