専務とお互いの意思を確認してから2週間が経った。
変わった事といえば、朝だけでなく夜も一緒にご飯を食べる機会が増えたことだ。

専務は忙しく、休日にデートするなどの一般的な恋人同士がする事はしていない。

そう、していない。
していないのだ。

あんなに女性関係にだらしなかった専務が、私に手を出してこない。
体の関係がない。
まず、色っぽい雰囲気にならない。

私に色気が足りないのかと少しだけ、ほんの少しだけ悩み始めていた。

夜、一緒に食事をしても送ってくれるだけ。
キスはするけど、チュッとすぐ離れていってしまうのだ。

それなのに、妙に距離が近かったり、さりげなく肩や腰を触れてくる。

「キレイ」だとか「かわいい」だとかとにかく甘い言葉をサラリと言ってくる。

その度にドキリと鼓動が跳ね上がり…期待をしては裏切られるの繰り返しだ。

「安西さん」
廊下で低音の声に呼び止められ、後ろを振り返る。
「はい」
低音の声の持ち主は副社長だった。社長の弟で専務の叔父である。

「ちょっといいかな」
「はい」

副社長から話しかけられるなんて、秘書室にいてもまずない。
副社長担当の秘書がいるので専務担当の私とは接点がないのだ。

どうしたのだろう?私は心の中で首を傾げる。
副社長は奥にある応接室に入っていく。私は急いでそれについて行く。

ガチャっとドアが締まり、ソファにかけるように促される。

「失礼いたします」

ソファに腰かけ、向かいに座っている副社長を見る。そして次の言葉を待つ。

「専務の事なんだが」

「はい」

専務の事と言われ、予想はしていたが改めて緊張感が走る。
私との関係がバレた?とか。

「先日の事件は酷いものだった」

「…はい」

刃物男の事件は確かにそうだ。その後副社長が専務の女性関係について調べているようだと室長が言っていた。

副社長は専務をよく思っていない事は室長から聞いてはいたが、私にまでさぐりをいれてくるということは副社長が望んでいるようなトラブルが出てこないのかもしれない。

「君はあの事件以来、専務に同行しているそうだね」

「はい」

社長よりも顔には皺が深く刻み込まれており、長年の経験が顔に滲み出ているような貫禄があり、それでいて迫力がすごい。

もしこの場で悪事を持ちかけられたなら「はい」という返事以外認めてもらえなさそうな雰囲気だ。

「女性の影はないかね?」

副社長はピクリとも顔を動かすこともなく顔色も変えず、その表情から感情が読み取れない。
「女性の影ですか。ありません」

私は感情が顔に出ないように冷静に、淡々と答える。

「女性遊びが酷いと聞いているが」

そうでしたね、以前までは…否定できない。
でも。

「申し訳ございません。私は何も聞いていませんので」