“ね”と目で相槌を求めるかのように私の目を優しく見る。

“私は秘書”という暗示はガラガラと音を立てて崩れた。

「…はい。シャワー貸してください…」

恥ずかしすぎて、自分が情けない。

専務は私の心の中とは真逆のとびきりの笑顔でお風呂場に案内してくれた。
タオルや着替えを用意してくれた。

専務は上機嫌でリビングに戻っていったのを見て、急いでシャワーを浴びる準備をする。

ここまで準備してもらったら使わないのは失礼になるだろうと、用意してもらった着替えも借りることにした。

シャワーを浴びながら、ボディソープやシャンプーを使うのをつい躊躇ってしまう。
普段専務が使っているものだと思ったら、妙に生々しく感じてしまう。
専務の匂いと同じ匂いを纏う。

こんな事を考えてしまう私は変態なのかもしれない…意識しすぎてはいけない。私は秘書、とまた心の中で繰り返す。

冷静に、冷静に、と唱えながらとボディソープやシャンプーを使わせてもらう。
ハーブ系の香りに癒される。
専務は近づくといい香りがする。フワッとほのかに。今までは香水だと思っていたけど、ボディソープやシャンプーの香りなのかもしれない…なんてまた考えが変態よりになっていく。


雑念を懸命に追い払いながらなんとかシャワーを浴びて、タオルで体を拭く。

専務が用意してくれた着替えは、黒のTシャツとハーフパンツ。専務が着ているものだという。

ハーフパンツのウエスト部分が紐になっており、キュッと縛れば大丈夫だろうと専務が説明をしてくれた。

ブカブカの着替えは専務との体格差を感じられ照れてしまう。

元彼は165センチの私よりも少し高いくらいだったため、そこまでの身長差と体格差もなかったから、新鮮だった。

洗面所の鏡に写った自分を見る。
化粧をしていない素肌を晒すのは抵抗がないわけではないけど、ここで化粧をするのも“女”をアピールしているようで恥ずかしい。

普段から持ち歩いている化粧の上からでもできる保湿効果のあるミストスプレーを顔と体に手早くスプレーする。

「よし」

気合を入れて洗面所を出た。

リビングのドアは開いていたけれど、リビングの中を覗きながらトントンとドアを軽く叩く。

「専務、シャワーありがとうございました」

そう言って、私はキッチンの方は歩を進める。

リビングの奥にダイニングキッチンがあるのだ。

「安西さん、朝ごはんの準備できてるよ」
ダイニングにネイビーのエプロンをした専務がこちらを見ながら優しく微笑む。

これまた雑誌から飛び出してきたようなエプロン姿にドキッとしてしまう。