「そう、なんだ」

「噂では海外の病院で大きな手術を成功させたらしくて、『注目の日本人医師』なんて呼ばれてたらしいよ。本当、ますます遠い世界の人になっちゃったって感じ」



「……そうだね」と小さな声で応えながら、胸の奥がきゅっと痛んだ。



由岐先生が、戻ってくる。

だからといってどうにかなるわけでもないだろう。

ひどい言い方をしてしまったし、そこまで名誉を得た彼はあの頃以上に別世界の人だ。私のことなんてもう覚えていないかもしれない。



……それにきっと、婚約者と結婚もしているだろうし。



だけど、きっといつかどこかで顔を合わせることもあるかもしれない。

その時私は、この胸の痛みを抱えながら何度でも知らぬふりをしなければいけない。

未だくすぶる、彼への好きという気持ちを押し殺して。

それがただただ、せつない。





そんな気持ちを抱えたまま、迎えた翌日。

私は今日も頼を保育所へ預けるために、ふたりで病院の敷地内を歩いていた。



「今日もいい天気だねぇ、頼」

「うー!」



ぽかぽかと暖かな陽気は、絶好のお出かけ日和だ。

こんないい天気の日はお弁当を持ってピクニックに行きたいなぁ。家の窓辺でゴロゴロするのもいいかも。

なんて考えながら歩いていると、頼はつい気の緩んでいた私の手を離し先に駆け出してしまう。



「あっ!頼ダメ!」



慌てて追いかけるけれど、頼はそれがまた面白いらしく、キャッキャと笑いながら走っていく。

子供の動きというのは予測不能で、意味もなく走り出してしまう。

それも結構な速さなものだから、もう何年も運動なんてしていない私の体力ではついていけない。