「まさか小児科のクラークだったとはな。どうりで、看護師の社員名簿を見ても名前が見つからないわけだ」



言いながら彼が手にするのは、ベッド横のサイドテーブルに置かれていた私がいつも下げている名札だ。寝かせる際に外されたのだろう。

そこに記載された私の名前と部署名を見て、呆れたように言う。



社員名簿を見て、って……。



「……そんな、まるで探してたような言い方」



ぼそ、とつぶやいた私に、由岐先生は眉ひとつ動かさず視線をこちらへ向ける。



「まるでもなにも。俺は美浜をずっと探してたよ」



真っ黒な瞳に捕らえられ、心がぐらりと揺れる。

その動揺を手にとるように、由岐先生は名札を置いた手で私の頬にそっと触れた。



少し体温の低い、ごつごつとした大きな手。

その感触に、抱かれた夜の記憶がよみがえる。



『ずっと探してた』なんて。

そのたったひと言が嬉しい、だけどその反面、期待させないでほしいとも思う。



探してくれていたってことは、多少の好意があると思ってもいいのかな。

本当は、妊娠のことを打ち明けてしまいたい。

不安も全部ぶつけて、受け入れてほしい。

だけどそんなことはできない。



彼には婚約者がいる。それに、私なんかじゃ釣り合わない。

そう、だから。

もう二度と顔も合わせないような、そんな関係にならなくちゃ。



自分に言い聞かせるように胸の中で繰り返し、私は由岐先生の手をそっと外す。



「……大丈夫ですから。触らないでください」



冷静さを装い、淡々と彼に告げる。



この気持ちも、妊娠のことも、彼に知られるわけにはいかないから。

だからこそ、半端に関わりが保たれるくらいなら、最低な女になって忘れられよう。