私の前を歩く2人、父子、だと思う。男は30代後半か40代前半。少女は小学校低学年か、もうちょっと大きいかな。手を繋いで歩く、極々普通の父子に見える。でも、何だろう、少女の歩き方が不自然。遠慮がち? 歩くことを拒絶してる? 具合が悪いのかな。
 進む方向には大きな公園があり、父子でそこへ向かうというのはおかしなことではない。でも、違う。空気が楽しそうではない。追い付いてみた。会話が無い。少女が私の存在に気付き、振り向いた。その顔…恐怖と悲しみと諦めの色に満ちていた。眉を顰めて伺うような表情をしてみた。すると、少女は小刻みに頷いた。
 少女と私の動きに気付いた父親が振り向いた。うわっ、こいつ、目が邪念で曇っている。父親じゃないのかな。でも顔立ちが似てるし醸し出す雰囲気が親子そのものだ。
 ん? 待てよ? 平日のこの時間なら学校に行ってないか? この父親は働いてないのかな、或いは休み? 自分が休みだとしても子どもを学校に行かせない親なんて居るかな。あ、少女はやっぱり具合が悪いのか。それで病院に連れて行こうとしている? 違うな、だって、この先は大きな公園だもの。そして少女が頷いた意味。
 どちらの意識に入るべきか。何だか恐ろしいことが見えて来そうで気が引ける。距離を置いて後をついて行くことにする。もうすぐ公園の入り口だ。
 父親は少女の手を引いて公園の中に入り、真っ直ぐ公衆トイレへ向かった。少女も一緒に男子トイレへ。そんな馬鹿な。幼稚園児じゃあるまいし、独りでトイレに行けるでしょうに。これはマジで怪しい。
 2人を引き離すべきか。でも本当の親子なら赤の他人の私が下手に動くと私自身が誘拐犯や暴行犯にされてしまう可能性がある。父親が何か良からぬことをしたとしても、例え少女にとって私が救世主であったとしても、周りは父親の弁を信じるだろうし、少女は父親には逆らえないだろう。子どもは親のために親の悪さを隠したりするから。
 あ、今、私の意識の中に何か飛び込んで来た。なんだこれ? 痛みの感情? 真っ暗で何も見えない。何故だろう。少女の意識の中にも父親の意識の中にも入れない。そうか、さっきからずっと違和感があった。最初に2人をみかけた時、いつものクセで無意識に意識の中に入ろうとしたのを、バリアのような物で押し返されたような気がした。私自身が拒絶したのだと思っていた。違うんだ。彼らの意識の中に入らないように何かの力が働いている。
 あ、また、痛みの感情が来た。誰の? 全く見えない。
「ぎゃーーーっ! やめろーーーっ!」
 男子トイレから男の叫び声がした。声しかしない。物音は一切しない。そしてやはり意識の中に入れない。
 あ、少女がトイレから出て来た。独りだ。父親は? ゆっくり私に向かって歩いて来ている。少女の脚に赤いスジが。模様? タイツのような物は穿いてなかった。赤…血? 血だ! 何故脚に血が流れてるの? 月経? そんな。まだそんな年齢ではないはず。まさか、レイプされた?
 少女の足取りはしっかりしている。私の目を見ながら真っ直ぐ歩いて来る。
 突然少女の意識が私の中に入って来た。え? 私の意識が操作されてる? まさかこの子、私と同じ能力を持っているの?
 トイレの中の様子が見える。父親は地面に倒れている。その手は局部を押さえており、血だらけだ。ズボンのファスナーが半分開いており、そこから父親の陰茎が覗いて、ない。血はどくどくと流れ出て、トイレの地面を赤く染めて行く。その血の海の中に小さな肉片が・・・。
「あなたがやったの?」
 ゆっくりと頷く少女。表情は硬いが、その裏に安堵が見える。解放されたんだ。一気に意識が開けた。理解した。
「よく頑張ったわね」
 口角を片方上げて少女は表情を緩めた。
「あなたは正しいことをしたのよ。これからもこんなことが起こるだろうけど、恐れないで」
 再度ゆっくり頷く少女。

 私が自分のこの能力に気付いたのは高校1年の時。
 母方の祖母の葬儀に親族として参列していた私は、祖母の遺影を見るとはなしに見ていた。すると突然祖母の声が聞こえたのだ。火葬する前だったのでもう一度棺桶の祖母の顔を見ようと立ち上がった時、激しいめまいに襲われ気を失うかも、と思った途端周囲の景色が変わり、もの凄い速度で映像が回り始めた。その速度に私の頭が実際に振り回されてしまうほど。映像が終わった時には周囲の景色は元通りになり、私の記憶に祖母の意識があるような感じがしていた。今見ていた映像は脳内に一瞬にして起きたストームのようなもので、何かの力で私の記憶に埋め込まれたのだと思えた。その後、自分の頭がいつも振り回されるような現象が起き、最初はコントロールが出来なかったが、段々、望まない時には拒絶し、自分から求める方向の映像を見ることが出来るようになった。そしてその映像とは周囲に居る人の意識に入ることで見えるものだということがわかって来たのだ。
 今私の目の前に居る少女は、まだこんなに小さいのに既にこの能力をコントロールする技を会得している。凄い。

「独りで帰れる? おうちは近いの?」
 今度はしっかりと返事をした。
「うん、帰れる、近いから」
 あ、それより脚の血の痕。もう流れ出てはいないようだ。バッグからハンカチとローションを取り出し、拭ってあげた。可哀想に、ずっとこの地獄のような苦しみの中に居たんだ、この子。そしてとうとう自分で自分を解放出来たんだ。偉い。
「はい、綺麗になったよ、一丁上がり」